【演じ、表現する教師】 苦手だからこそ大切さが分かる

 失敗したからこそ分かる、苦手だからこそ工夫する――。そう語る大阪市立豊仁小学校の松下隼司教諭が執筆した絵本『ぼく、わたしのトリセツ』は、実際にあった子どもたちとのやりとりをエピソード化したものだ。「言葉をちょっと変えるだけで、教室の雰囲気が楽しく変わる」と話す松下教諭に、教室でのエピソードを基に、コミュニケーション力の育み方について聞いた。(全3回の最終回)

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実際に学校であったエピソードを絵本に

――絵本『ぼく、わたしのトリセツ』は、教室で実際にあったエピソードをまとめたそうですね。

 そうですね。具体的に「ぼくは、すねたら、ながいです」「すなおにあやまるなんて、ぜったいむりです」という子に対し、「そんなときは、きゅうしょくのじかんに、きいてあげてください。すごーくスムーズに、かいけつします」と、その子の「トリセツ」を発表していくような内容です。

 そうした子どもたちとのやりとりの記録などを、ずっとためていたんです。うまくいった部分だけでなく、いかなかった部分も含め、課題があった子にこんな言葉掛けをしたら早く立ち直ったとか、こういう関わり方をしたら感情的にならなかったとか、そうしたやりとりを子ども目線でまとめました。私自身が怒りっぽいので、子どもを傷つけてしまって後悔した経験なども、メモにためていました。

「ちょっと言い換えるだけで、教室の雰囲気が変わる」と話す松下教諭

 この絵本では、言葉を言い換えるエピソードもたくさん入っています。例えば、小学生はちょっとしたことでも、すぐに「えーっ」て言うんですよね。でも、それを威圧的に指導したら窮屈になってしまいます。それじゃあ、どうしたらいいかと考えて、「えー」を何かに言い換えようと思いました。そうすれば、自分も子どもたちも楽しく、雰囲気も良くなるだろうと考えたんです。

 例えば、「算数のプリントをやってください」と私が言って、「えーっ」と声が上がったときに、「『え』じゃなくて、あ行の他のどれかに置き換えてみて」と言います。すると例えば「おーっ」という声が教室に上がるので、「どう? みんなもやる気にならない? これからは『えーっ』じゃなくて、『おーっ』と言ってみよう」と伝えます。

 そうして実践して効果があったものを絵本には入れています。あるいは他の先生方で「これはいいな」と思った子どもとの接し方なども入っています。私は今でも子どもに「おいっ」と言ってしまうことがあるんですが、すごく冷たい雰囲気がしますよね。私の周りにそれを「プン」と言い換える先生がいたんです。これだけで周りの人も優しい気持ちになるんですよ。絵本にはそんな話も入っています。

「トリセツ」をつくる授業

――子どもたちが「トリセツ」をつくる授業もされていたと聞きました。

 私がこの絵本を出す前から、子どもたちは「トリセツ」をつくる活動をしていました。自分自身の「トリセツ」をつくる活動のほかに、担任である私の「トリセツ」を考える活動もしました。「こうしたら先生は喜ぶ」とか「ああしたら怒られない」とかいった感じです。

 子どもたちが書いた「トリセツ」をクイズにする活動も楽しかったですね。名前を伏せて作文を読んでから、「これは誰のトリセツでしょう?」と質問するんです。子どもたちは誰のだろうと一生懸命考えるので、子ども同士の相互理解も深まります。

 このトリセツの活動は、作文を書くのが苦手な子でも結構喜んでやります。「私は話を聞いてくれる男の子が好きです」とか、日頃はおとなしいこの子がこんなことを思っていたんだと、新しい発見も少なくありません。

――面白いですね。トリセツの授業を実践事例のようにまとめようとは思わなかったのでしょうか。

 絵本の方が楽しいかなと思ったんです。ただ、アマゾンのレビューには「愛情はありますか?」と否定的なレビューもありました。やはり「トリセツ」という言葉に引っ掛かる人もいるのだと思います。「これをやればうまくいく」みたいな、ちょっとした小ネタのようなイメージが「トリセツ」という言葉にはあるのでしょう。

 私自身、怒りの感情で失敗してきたから分かるのですが、やはり教師も子どもを大切に思っているから、変わってほしいと思うから、感情的になってしまう。そういうことで悩まれている先生、保護者などにも、ぜひ読んでほしいと思います。

コミュニケーションや相互理解がベースにある

――『せんせいって』も『ぼく、わたしのトリセツ』も、自分をどう表現するか、相手をどうすれば理解できるかがベースにあるように感じます。

 子どもたちには、コミュニケーション力を身に付けてほしいと常日頃から思っています。どんな仕事でもコミュニケーション力がなくてはできませんし、外国語も国語も算数も理科も社会も、全てコミュニケーションなのだと伝えていきたいですね。

 外国語活動は、どの教科よりもコミュニケーションがたくさん取れるので楽しいですね。ダンスの授業で、ステップを覚えることよりもダンスを通じたコミュニケーションを取るのが大切なのと同様に、外国語活動でもコミュニケーション力を育んでいきたいと考えています。

コロナ禍を経て、子どもたちの仲の良さが強まったという

――コロナ禍は、子ども同士のコミュニケーションにも大きく影響したのではないでしょうか。

 当然のことですが、子ども同士の触れ合いが減りました。でも、以前より男女が仲良くなりました。触れ合えるのが貴重な機会だと気付いたというか、コミュニケーションを取れなくなることによって、コミュニケーションできることの喜びに気付いたのかもしれません。私自身は人とのコミュニケーションが得意じゃないんですよね…。だからこそ、子どもたちには身に付けてほしいと思っています。

――思い描く教師像とはどのようなものでしょうか。今後、どんな教師を目指していきたいですか。

 自分が目指すのは、やはり「包み込む先生」です。若い頃は、運動会や学習発表会でクラスをまとめ上げることが理想だと思っていました。また、授業で子どもが変わるという経験をした後には、「授業が勝負」みたいな感じに思っていた時期もありました。

 でも、自分がどんな先生になりたいかを突き詰めて考えた末に、「クラスを一つにまとめる先生」でも「学力を上げる先生」でもなく、今は子どもたち一人一人を包み込む先生になりたいと思っています。子どもたち一人一人に温かさを感じてもらえる教師。現状の自分はそうなれていないので、まずは「温かい先生」を演じられるようになりたいと思っています。

「教室の後ろに目標を掲示すると、子ども越しに常に目に入る」という

――教室の後ろの掲示板に、「楽級」「笑顔」と書いた紙が貼られています。これは何か意味があるのでしょうか。

 黒板の前に立って、子ども越しにこの文字が見えることで、「この楽しい雰囲気を壊してはいけない」と思えるのです。自分の感情の歯止めになっているんですよ。自分の目標でもあり、常に目に入るように教室の後ろに貼っています。「楽級」「笑顔」を子どもたちに求めるだけじゃなくて、自分も心掛けないと駄目だと思っています。

(大川原通之)

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【プロフィール】

松下隼司(まつした・じゅんじ) 1978年、愛媛県松山市生まれ、奈良教育大学卒業。大阪市立豊仁小学校教諭。第4回全日本ダンス教育指導者指導技術コンクールで文部科学大臣賞、第69回読売教育賞で優秀賞を受賞。2021年に『ぼく、わたしのトリセツ』(アメージング出版)、『せんせいって』(みらいパブリッシング)の2冊の絵本を立て続けに発刊。関西の小劇場を中心に演劇活動もしている。今夏、東洋館出版社より、教師も子どもも楽しく過ごせる学級を目指す「楽級経営」についての書籍を刊行予定。

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