【人とモノ・テクノロジーの共生】 弱いロボットが人の力を引き出す

 動き回るだけでごみも拾えず、ゆらゆらと体を動かしている「ごみ箱ロボット」や、昔話の大事なところで「えっと…なんだっけ?」と忘れてしまう「トーキング・ボーンズ」。豊橋技術科学大学の岡田美智男教授の研究室では、このような一見不完全に見える〈弱いロボット〉を次々と開発してきた。「不完全なところが可視化されたロボットには、人が入り込む余地がある。子どもたちの優しさや工夫などをロボットが引き出してくれる」と話す岡田教授に、ロボットと触れ合った子どもたちの“変化”や、開発に込めた思いを聞いた。(全3回の1回目)

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他力本願!?なロボット

――〈弱いロボット〉を開発された経緯を教えてください。

 今から20年ほど前、人工知能の世界は「冬の時代」を迎えていました。私が専門分野とする、コンピューターと音声言語でのコミュニケーションを目指す音声言語処理の分野も、研究手法がまだまだ未成熟で、壁にぶち当たっていたのです。そこで、言葉を使わなくてもコミュニケーションの研究ができるのではないかと考え、ロボットを作り始めました。

 影響を受けたのは、1990年代の終わりにホンダが開発した二足歩行ロボット「ASIMO」です。あの姿をしているだけで、人はASIMOの「気持ち」を考えようとしてしまうことに衝撃を受けました。そして、人と人とが言葉を使わずにコミュニケーションできるのは、相手と自分が同じ身体や場を共有しているからではないかということに気付きました。人は自分の身体が感じ取っているものを手掛かりに、相手の気持ちを探ろうとするのではないかと考えたのです。

〈弱いロボット〉たちが並ぶ岡田研究室 ICD-LAB(Interaction and Communication Design Lab.)

 そうして出来上がったのが「む~」というロボットでした。「む~」は大きな目玉を持つティアドロップ状のロボットで、人にニュースを伝えようとします。最初は「ねぇねぇ、あのね、面白いことがあったんだよ」と人に話し掛けます。人が「何? 教えて」と聞き返すと、「あのね、優勝したんだよ~」と、情報を小出しするようにして教えてくれます。さらに「え? 何が?」と聞き返すと「あの、フィギュアスケートがね~」などと答えてくれるのです。

 これを、子どもたちのいる所に持ち込んだところ、どの子もロボットの拙さにしびれをきらして、積極的に話し掛けたり、世話をし始めたりしました。大人の感覚だと、ロボットは子どもの世話をする側になるものだと期待しますが、反対のことが起きたのです。最初からニュースを流ちょうに読み上げない、便利の対局にある「弱さ」にこそ、積極的な意味があるのだと感じました。

 その後、広汎性発達障害のあるお子さんに、人との関わりに踏み出す前の足場として、このロボットを活用できないかと試みてみました。すると、いつも絵カードで数字を習っている子どもが、「む~」に対して絵カードを見せて「これは3。分かった?」と、教え始めたのです。これには親御さんがとても驚いて、「こんなことは今までなかったです」と話していました。

欠けた部分があるからつながりを感じられる

――その後、次々と〈弱いロボット〉を世に送り出して来られました。

 私が豊橋技術科学大学に赴任したのは2006年です。ここは高校を卒業した人だけでなく、全国の高等専門学校を卒業した人も大学3年次から受け入れているほか、大学院まで学べる環境があります。全国のロボットコンテストで腕を磨いた高専生がたくさん集まって来るので、そうした強みを生かしてロボットを作り始めました。

思わず人がごみ拾いを手伝ってしまう「ごみ箱ロボット」

 最初に作ったのが「ごみ箱ロボット」です。このロボットは自分ではごみを拾えず、「モコ!」と言いながらよたよたと動き回ります。すると、周りにいる人が手助けしてごみを拾って入れてしまう。その結果、ごみを拾い集めるという目的を達成する、なんとも「他力本願」なロボットです。

 これも子どもたちの所に持って行きました。すると、多くの子がごみを拾ってロボットに入れたり、辺りからごみを探し集めてきたりするようになりました。子どもたちは、ごみを拾って入れてあげることで、自分が生かされた達成感や有能感を得て、実に生き生きした表情を見せてくれました。

 不完全なところが可視化されたロボットには、人が入り込む余地があります。子どもたちの優しさや工夫などをロボットが引き出してくれるのです。欠けた部分を補って一緒に何かを成し遂げる、そんなつながりを感じられるロボットをこれまでたくさん作ってきました。

便利さを追求すると、傲慢になる

――この白い「トーキング・ボーンズ」は、昔話をところどころ忘れてしまうロボットです。読み聞かせロボットとしては心もとないですね。

 「川からね、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな…ね」と「桃太郎」の昔話を語り聞かせようとするのですが、途中で「あれっ、なにが流れてきたんだっけ、えっと…」と考え込んでしまう。すると、子どもたちは「もっ、桃!」と声をそろえて応援します。相手に教えながら学んでしまう、ということもあるかもしれません。お話を完璧に話すだけのロボットなら、子どもたちは受け身で聞くだけになってしまうでしょう。

――便利なことだけが、ロボットの価値ではないのですね。

 古くからある道具と人との関係を見てみると分かります。「はさみ」の刃は、人の手の弱さを補って、硬いものを切ることができるけれども、人の手の中に入って初めてその役割が果たせます。一方ではさみを使いこなす上では、人の手の柔らかさは強みになります。人とはさみとの間には、互いの弱さを補いながら強みを引き出すような相互関係があるのです。

「人と道具は助け合う関係」と話す岡田教授

 これまでのものづくりは利便性が重視され、賢く、完璧に仕事をこなす自己完結型のロボットを求めてきました。すると、人と道具の間にある「弱さを補い合い強みを引き出す関係」が壊れてしまいます。つまり、何かをしてくれるロボットと、何かをしてもらう人という線が引かれてしまうわけです。

 そうして両者に距離が生まれると、共感性が薄れ、相手への期待が要求へとエスカレートしていきます。「もっと正確に」「もっとスムーズに」などと、人が傲慢になったり不寛容になったり、相手への過度な依存心を生み出しやくなります。

 このことは、人と人との間でも言えるのではないでしょうか。介護をする人と、介護される人が明瞭に線引きされると、介護される人は過度に依存してしまい、何もしない人になってしまいます。教育の分野でもそうです。資料を用意すればするほど、学生は受け身になっていきます。それどころか「もっとハキハキした声でしゃべってください」「先生の声が聞こえません」などと、クレーマー化する者も出てきます。

 だから、むしろ「下手くそな授業」「不完全な授業」くらいの方が、彼らの能力をうまく引き出せるのではないかと私は考えています。「弱い先生」を演じているぐらいの方が、いいんじゃないでしょうか。

(長尾康子)

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【プロフィール】

岡田美智男(おかだ・みちお) 豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授。1987年に東北大学大学院工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了後、NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などを経て、2006年より現職。工学博士。専門分野は、コミュニケーションの認知科学、社会的ロボティクス、ヒューマン・ロボットインタラクション、学びの場のデザインなど。主な著書に『〈弱いロボット>の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(講談社現代新書)、他。

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