【人とモノ・テクノロジーの共生】 学生の技能をうまく集める

 「学生との雑談の中で、思いがけないアイデアが育って膨らんできたときが一番楽しい」と豊橋技術科学大学の岡田美智男教授は語る。インタビューの2回目は「ウェルビーイング」をキーワードに、ものづくり、そして人づくりについて話を聞いた。(全3回)

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ロボットは「幸せな感覚」を与えることができる

――〈弱いロボット〉と見ると、手を差し伸べてあげたくなるような気持ちが湧いてきます。この不思議な感覚はいったい何なのでしょうか。

 人はモノや他者と関わろうとする際に、自律性や有能感、関係性がバランス良くそろったとき、幸せな気持ちになれます。私は時々「チキンラーメン」を食べるのですが、あのラーメンの中央にはくぼみがありますよね。卵を割ってのせるところです。卵ではなく、ネギやのりを刻んでのせたって構いません。もちろん、土台のラーメンはきちんと味付けされているので、別に何ものせなくてもおいしく食べられます。

「寄せ集め」がイノベーションを起こすと話す岡田教授

 何が言いたいかというと、チキンラーメンのくぼみは、食べる人の多彩な工夫をうまく引き出せているのです。ちょっとした手間や工夫でオリジナリティーが生まれ、人の有能感も上がります。卵を割って入れるという行動を一方的に強いるのではなく、より良い選択ができるようそっと後押しをする仕掛け、「ナッジ」があるのです。

 〈弱いロボット〉もナッジに似たようなところを持っています。完璧に機能するのではなく、ちょっとした手間が掛かります。ただし、人がどう手助けするかは自由ですし、みんなで取り囲んで関われば、その場が何となく楽しい雰囲気にもなります。そのバランスの良さが幸せな感覚、「ウェルビーイング」をもたらすのです。

「何のため」「どう役立つ」は考えない

――そうなると、「便利だから幸せ」という私たちがモノに対して求めているイメージが変わりそうです。

 そうですね。便利なモノが必ずしもわれわれのウェルビーイングを向上させているわけではありません。例えば、車の自動運転技術の進歩は目を見張るものがありますが、全て車が運転してしまうようになると、おそらく車に乗る喜びは失われていくでしょう。自分の思ったように動かすという自律性がなくなり、有能感も得られないからです。ただモノレールに載っているような感覚になるのではないでしょうか。マニュアルシフトの車やマニュアルフォーカスのカメラなど、自分の工夫でうまくいくようなモノの方が、使っている人を幸せにしているように思います。

――人の行動を後押しする「ナッジ」を生み出すための秘訣や方法はあるのでしょうか。

 私たちは、明確な目的を持った仕事があまり好きじゃないんです。「役に立つ」とか「何のために」とか。一般的に工学部の仕事といえば、目の前にある課題を解決するために最適な方法を集めてきて、最も効率の良い解を見つけ出すというものです。これは「エンジニアリング的思考」とも言われます。

 でも、最近になって重要だと言われるようになった「デザイン思考」や「創造的思考」をする際に、そのやり方は逆効果だと思っています。それより大事なのは「あり合わせの感覚」です。問題解決の方法として教科書通りの閉じた方法より、偶然に委ねたようなものづくりの方が面白いんです。

 「ごみ箱ロボット」を考えたとき、ごみを拾える高性能なアームを付けて、カメラでごみを見つけて拾い集めるように設計するのが、教科書的な課題解決です。もちろん、それも必要ですが、高度な技術が手に入らないときにその場のあり合わせをうまく利用すると、意外と新しい価値が生まれたりします。「ごみ箱ロボット」の場合は、予算がなかったのでごみを拾うのに「人の手」を借りることにしました。そこから〈弱いロボット〉という概念に発展していったのです。

「アイ・ボーンズ」は、学生たちのアイデアで改良された

 ですから、今も研究室では目標を設定せずに、その場その場の制約を楽しみながらものづくりをしています。そして、制約がプラスに働くと、変わったもの、今までとは違うものができるチャンスも生まれます。エンジニアリング的なものづくりではなく、ブリコラージュ的なものづくりをするのが私たちの特徴です。例えば、ロボットの腕部分にシャワーヘッドを改良して取り付けてみるなど、学生たちもいろいろなアイデアを持って来てくれます。

制約があるからこそ面白いものが生まれる

――中学校や高校でも「創造的な思考力」や「イノベーター」の育成などが盛んに言われます。

 優秀な人をたくさん集めてくればイノベーションが生まれるというのは錯覚です。どこか足りていない、どこか不完全な人を集めてきて、あり合わせの中から新しい価値を見いだす方が面白い。ソニーやホンダも創業時は、モノもお金も技術もなく、あり合わせで作っていました。米軍から小型エンジンを払い下げてもらって自転車に取り付けた「パタパタ」を「スーパーカブ」に発展させるなどしていたんです。その時代の方がイノベーションは豊かでした。

コロナ禍でティッシュ配りから、消毒液を掛けてくれるロボットに生まれ変わった「アイ・ボーンズ」

 私たちも予算がないことを楽しんだり、技術がないことを逆手に取ったりしています。学生との雑談の中で、思いがけないアイデアが育って膨らんできたときが一番楽しいですね。例えば、モジモジしながらティッシュを配ろうとする「アイ・ボーンズ」というロボットがあります。コロナ禍になって人が出歩かなくなり、さらに自動で消毒液を噴霧する機械が出てきました。あれと「アイ・ボーンズ」を組み合わせて、手を差し出せば消毒液を噴霧してくれる仕様に学生たちがあっという間に作り替えてしました。これもあり合わせのものを集めて作る、私たちの研究室の強みだと思っています。

 大学での研究や学生の指導も同じです。本学にはオールマイティー型の学生が集まってくるわけではありませんが、一人一芸は持っています。デザイン力が抜きん出ているとか、プログラミングができるとか、そうした技能をうまく寄せ集めて互いの弱いところを補うと、強いところを引き出し合うような現象が生まれてきます。そうした相互作用の結果として、競争力の高いモノが生まれる。私はそう思っています。

(長尾康子)

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【プロフィール】

岡田美智男(おかだ・みちお) 豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授。1987年に東北大学大学院工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了後、NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などを経て、2006年より現職。工学博士。専門分野は、コミュニケーションの認知科学、社会的ロボティクス、ヒューマン・ロボットインタラクション、学びの場のデザインなど。主な著書に『〈弱いロボット>の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(講談社現代新書)、他。

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