【人とモノ・テクノロジーの共生】 今後は共生型STEAM教育を

「目指しているのは〈弱いロボット〉の技術や概念を使った、子どもの非認知能力の育成」と豊橋技術科学大学の岡田美智男教授は語る。子どもがウェルビーイングを感じ、非認知能力を伸ばすことができる、岡田教授が提唱する「共生型STEAM教育」とは――。(全3回の最終回)

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興奮の連鎖が成功を導く

――効率化や実用性をあえて求めずに、あり合わせの偶発的なものづくりをしていくとのお話がありましたが、それがアイデア倒れになってしまうことはないのでしょうか。

 面白いモノを作るときのコツがあります。それは「プロ集団による興奮の連鎖」だと私は考えています。これは作詞家の阿久悠さんの受け売りなのですが、一つの曲をヒットさせるには、「よい歌詞ができたぞ」という作詞家の興奮や、それを感じ取り「どんなメロディーをのせるか」という作曲家の熱意があり、さらにアレンジする人や歌手、販売戦略や宣伝活動に関わる人に至るまで、興奮の連鎖があります。そのプロセスに誰か一人でもやる気のない人や素人が入り込むと、マイナス1ではなく、台無しになってしまう。興奮の連鎖は、掛け算になっているのです。

 ロボットづくりも同じです。みんなでアイデアを共有し、「私がデザインをやってみます」「それなら僕は機構設計をします」「英語のプレゼンは私が」などと、その興奮がうまく連鎖していったときに、世の中に残るモノが生み出される。それはこの研究室のロボットたちにも当てはまるのです。

 独りよがりな感覚ではなく、みんなであり合わせを集めてきて、それぞれの興奮が連鎖しているとき、うまくいくケースが多い。途中でなんとなくやる気のない学生が関わると、せっかくのアイデアがぐずぐずになるんです。だから学生をよく見て、「この人の力とこの人の力を合わせたら、うまくいくかな」などと考え、チームを組んでいくわけです。本学には少し偏った趣味や特技を持った学生もいますので、彼らの力をうまく組み合わせてロボットづくりに生かせば、競争力を生み出せます。そのプロデュース的な仕事が、私の役割の一つと言えるでしょう。

手をつなぐと一緒に歩きだす「マコのて」は、連れて歩く感覚になる世話の必要なロボット

 ロボットはデモをしてなんぼの世界です。人に紹介するときにバグって動かなかったら何も伝わりません。今日はインタビューの前に学生たちがたくさんロボットを紹介してくれましたが、あれはデモのトレーニングも兼ねています。来訪者があるたびに、説明の仕方や動かし方、表現の仕方なども自分たちで考えます。最初はうまくいきませんが、経験を重ねるうちにできるようになっていきます。私が説明してもいいのですが、自分たちで苦労して作ったものは、自分たちの言葉で説明するのがいいのです。

子どもの頃から「あり合わせ」が得意

――昔からプロデュース気質を発揮されていたのですか。

 その時代その時代で、自分の役割は変わってきましたよね。一人で研究していた時期もあったし、自分がアイデアを出さないと周りが全く動かない状況に置かれたこともあります。

 私が小学生時代はカラーテレビやトランジスタラジオが出てきた頃で、もう使われなくなった白黒テレビや真空管ラジオが、町外れに山のように廃棄されていました。その山から真空管やコンデンサーを抜き取って、はんだ付けをしてオーディオアンプなどを自作するのが中学時代の趣味でした。

 まさに「あり合わせ」ですよね。普通、電子部品が欲しいときは秋葉原の電気街に行くわけですが、私の場合は町外れのごみの山へ行き、テレビなどを分解して部品を引っ張り出していたわけです。

 そうしたこともあって大学では電子回路を専門に学びたかったのですが、研究室の配属を決める際にじゃんけんで負けて、それでコンピューターを使ったコミュニケーションの研究へ進むことになり、さらに途中からロボットを作り始めることになりました。

岡田教授が最初に作ったウェブカメラロボット。布やばねなどのブリコラージュ志向がうかがえる

 最初に作ったロボットがこれです(写真参照)。「コミュニケーションカメラ」といって、今でいうウェブ会議用のカメラです。ばねの上にカメラをのせて、麻袋をかぶせ、その穴から外をのぞいているような姿になっています。子ども用の雪駄(せった)を履かせていて、安部公房の小説『箱男』の主人公をオマージュしています。

ロボットを創り出して育てるSTEAM教育を

――コンピューターと教育の関係は、これからどうなっていくと思いますか。

 人工知能で子どもを教育しようという発想は、教育工学の分野では昔からありました。1950年代にはすでに「ティーチング・マシン」が開発されていたのです。すると「そのようなもので人を教育できるか」と反発が起き、学習者に不足する知識を推測して情報を与えるコンピューター「エキスパートシステム」を教育に使う研究が台頭しました。その後、子どもは「小さな科学者だ」という認識に立ち、遊びながらプログラミングを学べる「レゴマインドストーム」や「スクラッチ」のような商品が出てきました。

 今、学校に導入されつつあるAIドリルは、私から見ると行動主義的な教育に舞い戻った感じがあります。知識のトレーニングが効率的にできたり、難易度や解き方をそれぞれの子どもに合わせられたりするのはいいのですが、子ども同士をつないだり、子どもと先生の間の議論を促すためのトレーニングには不向きだと思います。非認知能力的な力を伸ばしていかないと、いくら知識があったところで、それを活用する意欲や楽しさ、喜びは生まれてこないのではないでしょうか。

――これからの構想や目標を教えてください。

〈弱いロボット〉のデモと説明をする岡田研究室の学生ら

 目指しているのは〈弱いロボット〉の技術や概念を使った、子どもの非認知能力の育成です。〈弱いロボット〉を前にすると、子どもたちは思わず助けてしまったり、いろいろと工夫をしてみたり、みんなで協力して取り組んだりといった行動を見せてくれます。そこで、学校で子どもたちと一緒に〈弱いロボット〉を創り出して、一緒に世話をしながら生活しみてはどうかと思うのです。

「ごみ箱ロボット」にみんなでごみを入れて「世話」をしたり、修理ではなく「手当て」をしたりしながら、ロボットと仲良く一緒に生活できる教室があったら、子どもたちに他者への関心やいたわりの気持ちを育てることができると思います。

 あるいは家庭学習の場面でも、〈弱いロボット〉同士との会話で疑似的な協働学習ができるかもしれません。また、障害のある子どもと先生とをロボットがつなぐことだってできるかもしれません。〈弱いロボット〉と関わることで子どもがウェルビーイングを感じ、非認知能力を伸ばすことができる、そんな「共生型STEAM教育」を提唱してみたいと考えています。

(長尾康子)

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【プロフィール】

岡田美智男(おかだ・みちお) 豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授。1987年に東北大学大学院工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了後、NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などを経て、2006年より現職。工学博士。専門分野は、コミュニケーションの認知科学、社会的ロボティクス、ヒューマン・ロボットインタラクション、学びの場のデザインなど。主な著書に『〈弱いロボット>の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(講談社現代新書)、他。

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