「教師の燃え尽き症候群」に対する4つの処方箋 米国

 現在、先進国の教育界が抱える共通の問題がある。それは「教員不足」である。背景には、教員が抱えるさまざまなストレスが存在している。米国の場合は特に深刻で、過剰な仕事量と長時間労働に加え、学級崩壊や保護者との関係悪化、さらに校内での銃乱射事件の多発や教育内容を巡る政治的対立が加わり、教員を疲弊させている。大勢が厳しい職場環境の中で“燃え尽き”、退職していく。それを埋める新規採用が順調に進まないため、学校現場では慢性的な教員不足の状況が起きている。特に科学系や数学の教員不足は深刻である。「The National Center for Education Statistics」によれば、公立学校の44%が欠員を補充できない状況が続いている。その理由は教員の大量退職にある。

 米労働統計局の統計では、2020年2月から今年5月の間に公立学校を退職した教員の数は約30万人に達している。これは教員全体の約3%を占める数字だ。退職を考えている教師の数はさらに多く、全米教育協会(National Education Association)が今年行った調査では、回答者の55%が早期退職を考えていると答えている。

 米シンクタンクのランド研究所は、教員のストレス状況に関する調査を行っている(「Teacher and Principal Stress Running at Twice the Rate of General Working Public」、今年6月15日)。同調査によると、教員や校長が感じている職場でのストレス・レベルは、他の職種で働いている人の2倍に達している。特に大きなストレスを感じているのは、中堅と女性の教員、校長である。

 同調査では、教員の半分は、生徒の学習支援がうまくいっていないことが最大のストレス要因であると答えている。「教師のストレス・レベルは過去最高の水準にある」と指摘している。校長は、欠員を埋めるための教員採用が最大のストレス源であると答えている。さらに教員の約半分は、コロナ禍で責任が重くなっていること、教員不足で他のクラスの生徒を引き受け、担任する生徒数が増えたため、ストレスが高まっていると答えている。劣悪な教育環境もストレス源になっているのだ。

 米国の政治専門紙『The Hill』は「拡大しつつある教師の燃え尽き症候群」に対処するための4つの対策を提案している(「Four ways to fight soaring teacher burnout」、今年6月17日)。4つの対策とは、①給与の引き上げ②教師の週労働日の短縮(週授業4日制の導入)③教室内での授業以外の支援強化④教師のメンタル・ヘルスの管理――である。すでにいくつかの州では、具体的な対策が取られている。

 教師の給与引き上げの動きはすでに出ている。現在、米国では多くの州で知事選挙に向けた予備選挙が行われているが、ジョージア州の知事候補は「予算額が減少され、大量の教員が辞めている。子供たちの将来のための戦争で敗北しつつある」と、選挙公約に教員の給料引き上げを掲げている。それによると、新規採用を増やすために教員の初任給を5万ドルに引き上げるとしている。ちなみに全国の初任給平均額は4万1770ドルであるから、かなり大胆な引き上げである。教員全体の給与も1万ドル以上増やす計画である。

 米シンクタンク「ブルッキングス研究所」の教育問題の専門家は「給料引き上げは離職者を増やしている要因を改善する効果があり、燃え尽き症候群の最も深刻な影響を和らげることになる。特に給与水準が低く、離職率が最も高い若い教員に恩恵をもたらす」と指摘している。ただ同時に「早期退職を考えている高齢の教員を引き留める効果があるかどうは疑問である」と、給与引き上げだけで退職を思いとどまらせることはできないと、全体的な効果の限界も解説している。

 週労働日の短縮に関しても、具体的な動きがみられる。いくつかの教育区では、対面授業を行う日を4日に短縮することが計画されている。ある教育長は「この制度に移行すれば、応募者は飛躍的に増えるだろう」と語っている。教員の加重な労働を解消する手段でもある。ただ、授業準備など自宅での作業時間が増える可能性もあり、家族の時間が削減されるとの見方も聞かれる。

 教室内での支援は、教師の燃え尽き症候群を緩和する効果があると期待されている。具体的には、カウンセラーや看護師、心理学の専門家が、生徒のメンタルの問題への対応を支援するというものだ。そうすることで、教員の負担が大幅に軽減され、授業などに集中できるようになるメリットが期待できる。

 最後の教員のメンタル・ヘルス問題に関しては、多くの教員や校長がケア施設の存在を十分に知らないか、知っていてもカウンセリングの時間を取ることができないというのが実情だ。教員が積極的かつ容易にケアを受けることができる制度を作る必要性が強調されている。また。同僚からの支援の重要性も指摘されている。
 
 『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、カリフォルニア州のロックリン市の教員らが教育委員会に書簡を送って、教員の大量退職を防ぐ提案を行った(「School’s out for summer and many teachers are calling it quits」、今年6月20日)。その書簡の中で提言されているのは、「教員がもっと大切にされていると感じるようにすること」「授業計画や他の教員との協力のために、もっと時間が使えること」「教室のサイズを縮小すること」「教育スタッフの社会的評価を高めること」「給与を増やすこと」である。米国では、教員の社会的地位は必ずしも高くはない。そうした実情を踏まえての提言なのであろう。

 公教育に対する批判も米国では強くなっており、学校教育の在り方が問われる状況にある。小手先の対策だけでは、教員の燃え尽き症候群を解消するのは難しいかもしれない。

(中岡望=なかおか・のぞむ ジャーナリスト)

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