【「消極性デザイン」が社会を変える】 研究会が目指す先にあるもの

 「消極性研究会」の代表を務める津田塾大学の栗原一貴教授は、コミュニケーションが苦手な人でも議論に参加しやすい仕組みのデザインなどを研究している。学校をはじめ、積極性が評価される現代社会の中でなぜ、「消極性」に関心を持ったのか。インタビューの2回目は、研究会発足の経緯やこれまでの活動などについて聞いた。(全3回)

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「合コン的シチュエーション」への苦手意識

――コミュニケーションに対する問題意識は、どんなきっかけで持つようになったのでしょうか。

 私は自分自身を割と人懐っこい性格だと思っています。大勢の前でプレゼンテーションをするのも、それほど苦ではありません。一方で、「合コン的シチュエーション」というか、パーティーみたいな場所での立ち居振る舞いには昔から苦労していて、若い頃はそれでかなりコンプレックスを持っていました。

 「烏合の衆」と言うには少ないけれど、一人一人とコミュニケーションするには多過ぎる規模の集まりで、空回りしている自分をいつも感じていて、「なんでだろう」と不思議に思っていたんですよね。人の数や性質によって、自分のコミュニケーションの感覚が変わるってどういうことなんだろうと。そんなことを若い頃に考えていたこともあって、コミュニケーションとその技術という分野に興味を抱きました。

 自己分析をした結果、自分は一人一人と誠意を持ってコミュニケーションしたいというか、「その場に何人いても、基本的にコミュニケーションは1対1の延長」と捉えていることに気付きました。だから、その限界を超える人数というのが、割とすぐに来てしまうんじゃないかと考えたんです。

対話者の人数やツールによって、意識が変化する不思議さを探究する

 逆に、講演会などそれ以上に人数が多い場では、1対1の芯の通ったコミュニケーションが無理だと体感で分かるため、スイッチを明確に変えて「誰かが理解してくれればいいや」くらいの気持ちでしゃべれます。だから、プレゼンもそれほど苦ではないのだと思います。

 一度にコミュニケーションする人数については、増えれば増えるほど不安になる人もいますし、逆に一人の方が緊張する人もいます。それが人によって違ってくるのは、結構面白いことだと思っています。

 あるいは、立食パーティーでの会話が得意な人がいますが、そういう人を観察していると「あ、こういうところがうまいな」と思う反面、「自分はあんまり、そういうことはしたくないな」と思っていたりします。それが消極性デザインやコミュニケーションの在り方を考えるきっかけになったと言えます。

――そこからどのようにして「消極性」にたどり着いたのでしょうか。

 もともと情報技術を使って人間のコミュニケーションを分析したり、変容させたりといった分野に研究の興味があったんです。学生の頃から、プレゼンテーションツールの研究をしていて、その不思議さを感じていました。

――具体的に、どういうことでしょうか。

 道具によって、コミュニケーションが良くも悪くも変わるということです。何も道具がない状態だと長い話ができない人でも、プレゼンテーションツールがあれば、それに助けられる形で冗舌に話し続けられたりします。一方で、自分の話がプレゼンテーションツールの資料に方向付けられてしまう側面も感じました。

 そんな研究をしていた矢先、縁あって千葉県教育委員会の人とつながりができて、ちょうど1教室に1台の電子黒板が入る時期だったこともあり、「学校の先生にとって使いやすい電子黒板はどういうものか」についての研究開発に携わり始めました。ビジネス向けのプレゼンテーションソフトが学校の授業と合わないという声があったので、より即興的で脱線を許す、自由度の高いプレゼンテーションツールについて研究していました。

繊細さでコミュニケーションを考える

――その後、「消極性研究会」が発足するまでの経緯を教えてください。

 そういう問題意識から研究活動を進め、学会で発表するなどしていました。先行研究の中にはコミュニケーションを支援するものもありましたが、その中には「コミュニケーションが苦手な人には逆効果なんじゃないか」と感じる研究もありました。コミュニケーションが苦手な人に対しては、「強制的にコミュニケーションをさせればいい」みたいな意見が多かったんです。

「消極性研究会は、それはそれでコミュニケーション圧が高い」と語る

 「それができれば苦労しないよ」という視点に立ち、「もうちょっと細かく考えようよ」というレベルで語れる人は、当時ほとんどいませんでした。そんな中、同じような感性で議論できる人たちが集まってきたんです。加えて「この人、すごくよく考えているな」という研究もあって、そういう人たちで結成したのが「消極性研究会」でした。

 一方で、研究会のメンバーはコミュニケーションに慎重だったり繊細だったりするので、新規募集も定例集会もないような運営形態になってしまって…。「消極性研究会に積極的に参加した」なんてことも、構造的に矛盾する部分がありますからね。まあ、そういうところと日々闘うのも、何か面白いところではあるんですけどね。

――研究会の趣旨や活動に対する反響はどうでしたか。

 予想以上に、多くの人から反響がありました。ある部分では熱狂的に迎えられているような部分はありました。でも、その人たちは「消極的」なので、集まって組織を大きくするという方向には今も進んでいません。学会で発表などをすると、「これは消極性研究的だね」などと言われるぐらいに、知名度はあるんですけどね。

どんな人にも消極性はある

――研究会に関心が集まった理由は、どのように捉えておられますか。

 「消極的」「積極的」という構図にはピラミッド的、カースト的なものがあって、強いものが支配するみたいな部分も一面としてあります。一方で、今の世の中は多様化していて、どんなに「陽キャラ」な人も、いろいろなコミュニティーに複合的に属しながら生きています。

 人生の全ての側面において積極的というのは、エネルギー配分的に難しいんですよね。積極的な人も、「人生の一側面では、消極的に関わることができたらいいんだけれど…」と感じていることが結構多くて、研究を始めてから割とどんな人も消極性みたいな一面があるんだなという思いは強まりました。

――「消極性」というネーミングの力もありますよね。

 そうですね。「自分はガツガツ行く方ではない」と思っている人は、「ガツガツ行かない」ことに対する後ろめたさを感じていたり、自虐的にその性質を捉えていたりします。そうした構図に、正面から向き合った名前の当て方をしています。

「消極性研究会」だけあって、新規募集などには積極的ではないという

 ただ、消極性研究会の中でも立場や考え方は結構違っています。私は割と「反抗的」な感じで、「積極は良い、消極は悪い」という旧来的な価値観に対して、「消極だからこそ良い部分もあると訴えたい」みたいに考えています。

 一方で、私とは違い、「ただ消極的な人を優しくケアすればいいじゃないか」という考えを持っている人もいます。「旧来的な価値観に反抗する」という考え方もあれば、旧来的な考えと決別あるいはすみ分けをして幸せを追求すればいいという考え方もあって、そうした考えも包含しながら研究会は活動しています。

(大川原通之)

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【プロフィール】

栗原一貴(くりはら・かずたか) 津田塾大学学芸学部情報科学科教授。学問領域上の専門分野は、情報科学の中でどのようにコンピューターシステムをデザインすれば、人々の役に立ち、便利かを考える「ヒューマンコンピューターインタラクション」など。対人コミュニケーションが苦手だったり、日々の活動に対するやる気が不足していたりする現代人の消極性を扱う「消極性研究会」を2014年に立ち上げる。著書に『消極性デザイン宣言』(ビー・エヌ・エヌ新社)。

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