【地域で育つ、地域を育てる】 学校の外から子どもを支える

 北海道の南東部にある人口約4400人の浦幌町では、小学生から高校生までの子どもたちが地域でさまざまなことを学び体験する「うらほろスタイル」を、学校、地域、行政が一体となって実施している。そこで子どもたちの活動をサポートする古賀詠風(えいふう)さんは、元々は教員志望だったが、いろいろな人との出会いを経て「うらほろスタイル」にたどり着いた。インタビューの1回目では、現在の古賀さんの活動と、そこに至るまでの道のりについて聞いた。(全3回)

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学校と地域が一体となって地元で学ぶ「うらほろスタイル」

――古賀さんは現在、北海道の浦幌町で学校の外から子どもたちの活動をサポートされています。正式にはどういう立場になるんでしょうか。

2019年の地域おこし協力隊に着任当時の古賀さん(前列右)

 浦幌町の地域おこし協力隊の任期が今年3月で終了しまして、4月からは浦幌町で「持続可能な地域づくり」に必要な課題解決や事業創出に取り組む一般社団法人「十勝うらほろ樂舎」のスタッフとして働いています。

 活動内容の一つとして、浦幌町の中高生や若者の社会教育・社会活動への機会づくりがあるという点で、地域おこし協力隊の頃と対象が変わっていない業務もあります。直近で言うと、6月に町内で「うらほろマラソン2022」という大会が開かれ、その運営にも関わらせていただきました。

――中高生や若者の地域社会への参加をつくるのがお仕事だということですが、浦幌町はどのような取り組みをしているのでしょうか。

 僕自身は、地域おこし協力隊の頃から主に社会教育の場で中高生と関わってきましたが、小中学校も含めた浦幌町の取り組みを説明させていただきます。

 浦幌町では、「過去から受け継いだ社会を次の世代に引き継ぐこと」を目指し、「うらほろスタイル」という活動が行われています。そのためには、「子どもたちが、夢と希望を抱けるまちを創ること」「予測困難と言われているこれからの厳しい社会を担う子どもたちが、たくましく生き抜く力を身に付けるサポートをすること」が必要であり、それを実現させるために、学校、行政、NPO、企業・団体、町民など、地域が一体となって結び付き、それぞれの強みを生かし、弱みを補い合う協働体制で活動を推進しています。

 この事業は、浦幌町内の学校教員とPTAを中心とした地域住民による活動として、2007年にスタートしました。具体的には、「地域への愛着を育む事業」「農村つながり体験事業」「子どもの想い実現事業」「高校生つながり発展事業」などのプログラムがあります。

 浦幌は農林水産業が盛んで「食料自給率2900%」の町です。そうした地域性を生かし、小中9年間一貫したカリキュラムを教育課程内で実施しています。例えば沿岸部の漁業が盛んな地域では、漁業についてやサケのさばき方を教える授業を漁師さんが受け持ってくれています。また、農林水産業の方々の家に子どもたちが民泊の形で泊り込み、食や命の大切さ、そして第一次産業の重要性を肌で感じながら、地域の人々とのつながりを育む授業もあります。

 子どもたちは本当にいろいろな人と関わり、自分の興味関心に触れながら取り組んでいます。小中学校それぞれの節目には、「浦幌町をこういうふうにしてほしい・していきたい」というような企画やアイデア、要望を子どもたちが町に提案し、その想いを大人に託すという授業も行われています。

 昨年度からは、子どもたちも提案するだけでなく、中学3年生までに学んできたことや自分たちの興味関心を結び付けながら、実際にプロジェクトを実行してみる取り組みも始まっています。例えば、保育士になりたいと考えている中学生が、子どもたちのためのイベントを企画して、実際に運営まで取り組んだりしました。自分たちでカフェを開いた子どもたちもいて、当日は100~200人ぐらいの町民が駆け付けて大盛況でした。

――そうした事業の中で、古賀さんが主に関わっていたのが高校生ということですね。

中学生版「浦幌部」立ち上げ時の記念写真

 そうなんです。実は、浦幌町には高校がありません。なので、年度にもよりますが、中学を卒業すると半分ぐらいは町の外に移り住み、残りの半分ぐらいが1~2時間かけて町外の高校に通学しています。そうした高校生が帰宅後に、自分たちの興味関心があることに取り組んでいて、例えばお祭りの出店や映像制作などにチャレンジしています。20年には中学生も浦幌部を立ち上げ、これまで絵本制作やカフェ出店などの取り組みを行っています。地域おこし協力隊の3年間は、こうした活動の伴走支援をさせていただきました。

高校がない町の高校生による「浦幌部」

――高校生なら、高校生活が1日の大部分になるでしょうし、部活動などもしていればそれでいっぱいになってしまいそうですが。

 高校生が「浦幌部」という団体を立ち上げたのが16年です。中学校卒業まで、ほぼ1クラスでずっと仲良くしてきた同級生と離れ離れになってしまうこともあり、子どもたちには「集まって何かやりたいよね」という思いがあったようです。

 そうして「高校生になってもまた集まりたい」という声が高まり、16年の3月に中学校を卒業する中学生たちが自主団体として「浦幌部」を立ち上げ、活動はスタートしました。それから6年が過ぎて世代は変わりましたが、今も立ち上げた時の想いは変わらないと思います。

 多くの高校生が、学校の部活動が終わった後、浦幌に帰って来てから活動していることもあり、本当に遅い時間になることもあります。自分の夢や進路に結び付くだろうと考えて取り組んでいる子もいれば、シンプルに「楽しそうだから」と思って参加している子もいるなど、動機はさまざまです。

 地域に対する愛着と言えるものも、もちろんあると思います。率直な感想として、「地元を好きな子が多いな」というのは、ここに移住してきた頃から現在に至るまで感じていることですね。ただの愛着というだけでなく、自分が言葉にしたこと、やってみたいことを、地域が「やれる」「受け止めてくれる」と感じている人も多いと思います。

 ある若者が、「この町での未来が楽しみ」と言っていました。この町「での」という言葉に何が含まれているのかを考えたとき、「地元への愛着」だけでは語り尽くせない、自分たちが将来もここで生きていける実感のようなものを感じます。

――そうした思いは、どのようにして芽生えてくるのでしょうね。

オンラインでインタビューに応じる古賀さん

 やっぱり、小学1年生からずっと地域で学んできたこともあるでしょう。地域の人の顔が見えているということが重要だと思います。

 あとは、実際にこの町ではいろいろなことにチャレンジをする子どもたちや若者がいて、その姿を間近で見る後輩たちがいて、世代の循環みたいなものが生まれているように感じています。その辺りが面白いというか、検証してみたいポイントの一つだと思っています。

理系に進学後、教員目指して学部を変更

――ところで、古賀さん自身は浦幌町の出身ではありませんよね。どのようにして浦幌町と関わるようになったのでしょうか。

 僕は同じ北海道の遠軽町の出身で、高校を卒業するまではそこにいました。正直に言うと、大学生になるまで「浦幌」という町があることさえ知りませんでした。

 大学は、大学2年時に学部を選べる「総合入試理系」で、北海道大学に進学しました。その頃から少しずつ教員になりたいという思いが強くなってきたこともあって、大学2年時には教育学部に移り、教員を目指すことにしました。

 その後、教育学部でいろいろと学ぶ中で、社会教育など学校以外の教育があることを知りました。また「カタリバ」での活動を通して学校外から教育に関わっていく中で、将来への思いは少しずつ変わっていきました。「うらほろスタイル」と出合ったのもその頃です。

(大川原通之)

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【プロフィール】

古賀詠風(こが・えいふう) 1996年、北海道遠軽町生まれ。北海道大学教育学部で地方での教育や社会教育を学びながら、「カタリバ」で高校生への授業運営と大学生への研修を担当。大学卒業後、2019年より北海道十勝の浦幌町地域おこし協力隊うらほろスタイル担当として移住。町の中高生が行う地域を舞台とした活動団体「浦幌部」のサポートや社会教育の場づくりなどを行う。3年の任期を終え、事業を連携して行っていた「一般社団法人十勝うらほろ樂舎」に今年4月より入社。個人事業主としても、北海道江別市の大学生の活動を支援するプロジェクトに参加。

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