教育のナラティブ〜いのちの響き合い 3

子どもたちのつぶやき、ときには声にならない声を聴き取るその時。教師にとって、自分を変える出来事を子どもたちがもたらしてくれるその時。子どもたちと教師の間に、豊かな交わりが訪れる。そのような出来事における“いのちの響き合い”を「教育のナラティブ」として、さまざまにつづっていく。


 

実習生はごみ箱に入った 多動の子と一緒に

給食調理室の横、空のごみ箱の中に、教育実習生は入った。教室を抜け出した多動の子の後についてきて、一緒に。

閉めたふたの、長細いすき間からかろうじて見える外界の明るい景色は、存外、面白かった。

小学校2年生の学級。そこが教育実習のフィールドとなった。そこには、発達障害の多動の男子が1人いた。担任教諭や学年団は、どう指導してよいか、分からなくなっていた。本を読み、いろいろと調べ、あの手この手を打ってきた。

実習を始める前に、学生は担任教諭から、その子の様子を聞かされた。「あの子が教室を抜け出したら、すぐに後を静かに追いかけてください。危険がないように見守ってください。学校の外に出してはいけません」――そう言われていた。

実習生は思った。「教壇実習も大事だけれど、配慮が必要な子がこのクラスにいる以上、自分にできることを精いっぱいやろう」

授業が始まってすぐに、その子は、席を立ったり座ったりと落ち着かなくなった。やがて、教室を抜け出した。実習生は、授業中の担任に目配せをして、後を追い、そっと教室を出た。

昇降口ではなく、教室の一番近く、校舎脇のドアから外に出た。まず学級花壇に行き、花に軽く触っていく。オジギソウを見つけて、軽くなでる。校庭に出て、鉄棒の方に駆けていった。両手でぶら下がってゆらゆらと体を揺らす。

そうして向かったのが、給食調理室の横。ごみはすでに回収されていて、ごみ箱はきれいに洗浄されていた。太陽の日差しを受けて、水気はほとんどない。その子はまるで、花壇や校庭で、時間を見計らっていたように、回収後のごみ箱にやってきたようだった。

男子は中に入った。それは、基地ごっこのようにも見えた。「それ」と、実習生も後から入った。ふたをしたので、2人は中で、肩を合わせてしゃがみ込んだ。その子の視線と完全に同じ高さで、ふたのすき間から外の光を見た。2人が見たのは、長細い同じ景色だった。男子はすぐ隣にいる実習生には、まったく興味がないように見えていた。

ただ沈黙の時間が流れる。

ごみ箱を満喫した後は、教室へと戻っていく。それがまるで、自分のルーチンワークであるように。

次の日からくだんの男子は、実習生の姿を探すようになった。その姿を確認すると、なぜか、席を立ったり座ったりをあまりしなくなる。少し落ち着かなくなってくると、また実習生の存在を確認して落ち着く。

実習ノートから、昨日、どんな出来事があったのか、担任は知っていた。それは、いままで、教員の誰もが気付いていなかった男子の行動も含まれていた。

同じ視線から一緒に見た世界。ごみ箱の中で流れた沈黙の時間。それは、豊かな時、深い生の交わりだった。

(実習生、大学、実習校は、特定を避けるために伏せた)

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