【連載】 生きた道徳教育をどう創るか 第1回

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
目白大学人間学部児童教育学科教授 小林 福太郎

心の教育への期待と現実の停滞

 今から15年前の平成9年8月に、当時、文部大臣であった小杉隆氏は中央教育審議会に「幼児期からの心の教育の在り方について」を諮問した。その背景には、同年5月に社会を震撼させた中学生による幼児連続殺傷事件があった。 当時の少年事件の状況をふり返ると、減少傾向が続いていた少年刑法犯の総数が増加に転じており、続出する少年による犯罪の凶悪化や低年齢化が危惧されていた。このような中で、学校における「心の教育」の充実が求められるようになり、同時に道徳教育の推進が大きな関心事となったのである。

 もちろん、心の教育の全てを道徳教育が担っているわけではない。しかし、心の教育を進めていく上で道徳教育の存在は欠くことのできない重要なカギとなることは、改めていうまでもない。
 同年、文部省は「道徳教育推進状況調査」(平成9年)を実施している。その結果を見ると、道徳教育の要である道徳の時間の実施状況については、本来行うべき年間35時間を満たしている学校は、小学校では67・9%にとどまっており、中学校にいたっては41%と極めて低調な結果となっている。果たして、このような状況の中で各学校における心の教育が適切に推進され、懸案の課題解決に応えることができるのだろうか。

 ■道徳授業の必要性と実態
 表は、長崎県教育委員会が平成17年に実施した調査結果である。「死んだ人が生き返ると思いますか?」という設問に対して、「はい」と答えた児童生徒は全体で15・4%、中学校2年生は18・5%となっている。この結果に対しては様々な見解が示されるだろうが、数値を真摯に受け止め、子どもたちに命を大切にする心と態度を育成していくことが急務であることは確かである。

 現代社会における少子化や核家族化の進行は、人間同士がふれあう機会を狭めたり、身近な人の死に接して生命の尊さを体感したりする機会を奪っている。また、物質的な豊かさは快適な生活をもたらす一方で、感謝の念を抱いたり、忍耐力を培ったりすることを阻害している。  改めて現代の子どもたちの置かれている状況を考えてみると、これまで以上に道徳の時間などを通して、自らの生き方について深く考えさせていく時間をしっかりと確保していくことが求められているといえる。

 しかし、大学生に小・中学校の道徳授業を振り返えらせると、おおむね上位を占めるのは、「お説教の時間(生徒指導的な)」「ビデオを見たのが印象的」「学校行事の準備や練習」などであり、子どもの心を耕すような授業とはかけ離れた実態が浮かび上がってくる。  平成9年、私が都内の教育委員会に勤務していたころ、研修会の講師に当時の小杉隆文部大臣の実兄の内海静雄先生(元全国小学校道徳教育研究会長)をお招きしたことがある。そのとき、ご一緒させていただいた帰路の車中で、先生は物静かに、そして、熱く道徳授業のあるべき姿を語られていたことが、今も私の心に焼き付いている。

 半世紀も前に特設された道徳授業は、今なお厳しい状況にある。次号から、停滞する道徳授業の活性化に向けて言及していきたい。

小林福太郎(こばやし・ふくたろう) 東京都練馬区教育振興基本計画懇談会副座長、新宿区教委区立学校第三者評価委員会委員、武蔵村山市小中一貫校村山学園検証委員会委員長などを歴任。主な著書に『市民科で変わる道徳教育』(教育開発研究所)、中学校道徳副読本『きみがいちばんひかる とき』(光村図書出版)など