【連載】ヒドゥンカリキュラムを見据えた学級経営

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
追手門学院小学校講師 多賀 一郎

自分の指導を全て見直してみる

 ■学級が崩壊するのはなぜか?

 「学級崩壊」というのは、比較的新しい言葉である。10年ほどの間に、哀しい市民権を得てしまった。
 学級崩壊とは、先生の指導が、子どもたちに全く通じなくなった状態である。20年前にはあり得なかった。なぜなら、先生の話は聞くべきだと、保護者も子どもも思っていたからである。先生の力量によって、聞くか聞かないかが決められていたのではなかったのだ。
 今は、何も手立てを持たないで子どもたちに話を通すことは、難しい時代なのである。

 ■なぜ先生の指導が通らないのか?

 実は、日本中の教室で、全ての先生たちが同じ趣旨のことを子どもたちに指導している。
 「人をいじめてはいけない」「他人への思いやりを持て」「まじめに努力することが大切」などなど。この反対の「いじめてもいい」「思いやりはいらない」「努力なんてつまらない」などと指導している先生はいない。
 にもかかわらず、先生の言ったようになっていくクラスと、そうはいかなくて崩壊していくクラスとに分かれていく。
 同じように言ったりしたりしているつもりなのに、なぜか違う結果になってしまうのである。
 これは、目に見えないところで効果を発揮している「ヒドゥンカリキュラム」というものがあるからである。

 ■潜在的教育効果「ヒドゥンカリキュラム」

 教師は子どもたちに対して、常にヒドゥンカリキュラムを出している。いつも笑顔の教師からは安心感や明るさが伝わり、いつもしんどそうにしている教師からは、倦怠感や暗さが伝わってしまう。
 それが1年間ずっと伝わり続けていくとしたら、この違いは大きいだろう。教師の意識していないところで言葉の使い方を間違えて、子どもたちが教師から離れていってしまうこともある。
 「今日は、きれいにそうじできたね」という言葉から、子どもたちによっては、「『今日は』ということは、ふだんはいいかげんだと言いたいのね」と、とらえることがある。
 言葉の使い方もヒドゥンカリキュラムになるのである。

 ■ゼロベースで見直そう

 自分のしていること全てを見直してみることが必要だ。マイナスのヒドゥンカリキュラムがあれば、それをプラスに転じなくてはならない。
 プラスのヒドゥンカリキュラムがあるならば、それを磨いていけば良い。自分に合ったヒドゥンカリキュラムを見つけていくことが、学級経営を下支えする力になっていくのである。


【新連載筆者】多賀一郎(たが・いちろう)追手門学院小学校(大阪市)講師=元日本私立小学校連合国語部全国委員長。親塾などで保護者教育や学級での本の教育、若手教師育成などに力を注ぐ。著書に『一冊の本が学級を変える』(黎明書房)、『ヒドゥンカリキュラム入門』(明治図書)など。