【連載】未来に生きる若人のために

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
中央教育審議会会長・日本学術振興会理事長 安西祐一郎

教育は誰のため・何のため?

 中学校や高校で講演をする機会があるたびに、出会った生徒が大人になるころには、どんな時代になるのだろうと思う。

 大学でも同じだ。つい先日、ある大学で、4月に入学したばかりの新入生向けの講演をする機会があった。ほとんど高校生の顔をした彼らに話をして、さて質疑応答に移ってまもなく、手を挙げた1年生が「ぼくは今18歳ですが、これからの大学生活で…」と。

 すると、「18歳」ということばに反応したのだろう、新入生に交じって聴いていた中高年の聴衆から、「ほーっ」という、感嘆というか、羨望というか、何とも言いがたいため息が洩れた。

 今の中学生や高校生、あるいはこの大学1年生が、人生真っ盛りの50歳代を迎えるのは、ほぼ今世紀半ばのことになる。そのときになって彼らは、「自分は幸せだ」と思えるだろうか。「人を幸せにしてきた」と思えるだろうか。

 人を幸せにすることによって自分も幸せになる、そういう人生を一人でも多くの若い人たちが過ごせるようにすること、それが、「これからの」日本の教育の役割ではないか。

 「これからの」と書いたのは、日本の教育が、戦後70年を経て、今たいへん大きな分岐点にあるからである。

 今までの教育が悪かったということではない。時代の地殻変動に、世界に冠たる明治以来の日本の教育がついていけなくなった、ということだ。時代が変われば、人を幸せにすること、自分が幸せになること、そのための学びの方法、身につけるべき力も変わってくる。

 世界は、戦後長く続いた東西冷戦、米ソ二極構造の時代から、日米中欧ほかの多極構造の時代へと移行してしまった。アメリカの傘の下で経済成長だけに邁進できた時代は、遠い過去のことになった。

 子どもたちは、これからの何十年を、先の見通しのきかない、誰も答えを与えてくれない、時代の大転換の中で生きていかなければならない。そのときに大事な力は、「主体性をもって答えのない問題に答えを見いだす力」である。この力を身につけていないと、これからの厳しい時代に幸せをつかむことは難しくなる。

 その一方で、日本はまもなく、いわゆる生産人口が急激に減少する社会になる。日本で暮らす若人たちにとっては、自立して生きる力、お互いに支え合う力を高めていかなければ、生活が成り立たなくなる。

 これを乗り越えるには、多くの人たちが、以前よりもはるかに広く、深く、自分で知恵を絞らなければならなくなる。それには、「主体性をもって答えのない問題に答えを見いだす力」を身につけることが必須になる。

 ほかにもいろいろな理由があるが、日本の教育は今、「受け身の教育から能動的学習へ」の道をとれるかどうか、その分岐点に立っている。

 もちろん、新たな道を行くには、所得格差、障害、学びのセーフティーネット、そのほか、大人の側が努力して乗り越えるべきたくさんの課題がある。こうした課題を乗り越え、若人たちが「人を幸せにすることで自分も幸せになる」人生を送ることのできる、新しい教育立国への道を歩む、それが日本の進むべき方向だろう。

 教育は、未来に生きる若人一人ひとりのためにある。

中教審会長による連載開始

 この2月に、新しく中教審会長に就任した安西祐一郎氏による新連載「未来に生きる若人のために」がスタートします。今後、教育はどこに向かうのか、いま教育について考えなくてはならないことは何かなど、教育の明日について論じられます。ご期待ください。