【連載】不登校への予防と対応 ~抜本的な学校改善による~

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
函館大谷短期大学名誉教授 保坂武道

覚悟なければ根本解決なし

 さきごろまでの連載「新しく展開する生徒指導の理論と実践」に続く第2弾、いわば姉妹編ともいえる「不登校への予防と対応」を始める。

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 いじめと同様に、不登校(長期欠席)も深刻化している。度重なる文科省の調査にも、それがよく示されている。今では、義務教育だけでも約12万人。関係者の努力もむなしく、今後も、増えることはあっても、減るという保証はどこにもない。

 さらに、この数の捉え方をどう理解するか。多くの自治体が数値目標を設定し、対策に取り組んではいる。「実態を見ない数合わせだ」という批判もある。その予備軍も含めると、とてつもない数になる。

 つまり、概数さえ定まらないのが現実で、その対応に苦慮している。

 把握されている数字は氷山の一角。高校生で約5万6千人の不登校。さらに、ニートとフリーターは異なるが、そうした傾向を持つ若者の数は150万人とも200万人とも伝えられている。不登校の児童生徒のうち、中学生は6割を占め、全体の生徒数からみると、37人に1人の割になる。

 不登校については、かつて、子どもの性格になんらかの問題があるといわれてきた。しかし、最近では、必ずしも本人だけの要因とはいえないケースが増えている。家庭、学校、社会的な要因などが、複雑にからみあっての事例が目につく。

 その意味では、いじめの複合的な要因とどうしても重なる。小さな都市の街中で気付くことがある。優秀校といわれる高校生の群れは、エリート意識丸出し。成績の低い底辺校の群れは、低くうなじを垂れ、顔に生彩がない。どことなく沈んだ暗い表情の若者によく出くわす。ここにまで社会格差、学校間格差の現実がある。

 したがって、義務教育までは、不必要なランク付けの教育を廃止する。大学まで授業料は無償。当然、高校入試も廃止。それくらいの英断を文科省が示すことを期待するのだが、まあ、それくらいの覚悟がなければ、この問題の根本的な解決はできないだろうと実感している。

 文科省の「生徒指導提要」で、「いじめの解決に当たっては、心の問題として捉えるのではなく、広く進路の問題として捉えることが大切だ」と述べ、その根本策は示されていない。「進路を主体的にとらえるために、多様な中学校、高校の制度の情報を提供することが重要」と。

 これでは従来と何も変わらない。現状維持から何が生じているかの分析もない。ものごとは、原因があるから結果が生じる。その結果がまずいのなら、根本を取り除くのが解決の道筋だと私は思う。原発事故もそうだ。

 確かに、児童生徒の「心の居場所づくり」は必要だが、歪んだ教育制度の中から生じているさまざまな問題をどう解決するのか。その視点を明確にしなければ、いつまでも悪循環のもとで教育関係者が悩み、苦しむ結果になる。何よりも、子どもたちが被害者だ。

 以前からいわれてきた「学校、家庭、社会」での役割分担を明確にする。これが改めて提起されたことは評価できるものの、何も、これは今に始まったことではない。全ての問題にいえることで、これだけでは解決にならない。

 社会は、いや、世界は、急激な変化を遂げている。国際化、情報化などのクローバル化は、より進展している。これからのわが国において、戦争のない平和な国家づくりと、人間の基本的な人権や、国民の小さな夢や希望が叶えられる、そんな現実を望んでいる。それなのに、国は、逆の方向に進んでいるかのようだ。なかでも教育における国家の役割が極めて重要だ。それが「教育勅語」の復活では話にならない。いつからこの明治の亡霊が多くなったのか。極めて不可解である。

 民主国家に基づく人材育成に努めたい。不登校の根本的な解決もその1つである。