【連載】学習指導要領改訂に望むもの 

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
元國學院大學教授 滝井 章

どのような人間を育てるためか

 学習指導要領改訂に望むのは、次の3点である。

 1点目は、学校教育の目指すところの具体的中身、その実現に向けての具体的手立ておよび評価の具体像の明記である。

 そもそも学習指導要領は、何のために改訂されるのだろうか。社会が変わり、現行の学習指導要領では対応しきれないからだろうか。現行学習指導要領に問題があるからだろうか。その根拠はどこにあるのだろうか。また現行学習指導要領下で行われている授業のどこに具体的な問題があり、具体的にどのような問題が発生しているのか。そして具体的にどのようにすれば、それらの問題は解消するのか、学習指導要領は有効に機能するのだろうか。

 学校教育の現場に立ち、日本の将来を担う子どもたちと日々直接真摯に向かい合っている先生方が誇りと夢をもって1時間1時間の授業に向き合えるためには、学校教育の目指すところ、そしてそのために具体的に何をどうするのかが学習指導要領に具体的に明記されていなければならない。それこそ舟こぎが行き先が見えずにただ艪をこぐかのごとく、学校教育の目指すところが見えずにただ教科書の内容を教えるという事態は避けたいところである。

 もちろん、学習指導要領解説には「教科の目標」に「小学校教育が目指すのは人間形成」と明記されている。となると、日々の授業では「人間形成」を実現していくことが極めて重要となる。しかし、どのような人間を目指し、その上でそれぞれの教科でどのような具体的な力をつけるのか、そしてどのようにしてその具体的な力をつけるのか、さらにはその力がついているかを具体的にどのように評価するのか、についての具体的記述は見られない。

 新しい学習指導要領には、それらの具体的記述を望む。
 2点目は、指導内容の柔軟的扱いについての明記およびその例示の明記である。学力調査などでも学力の二極化が認められている。この実態を意識したものとして「個に応じた指導」が重視されている。しかし、学校現場には、社会と保護者から、全ての子どもに教科書にある全内容の指導が求められ、教科書の内容を終えるのに四苦八苦しているという現実がある。

 このような現実の中で「人間形成を目指す授業を」と言われても、絵空事に終わる危険性は否定できない。教科書にある内容を終えることに授業が追われ、子ども一人ひとりに確かな理解や学力を保証できず、その上「人間形成」も見えてこないとしたら、学習指導要領の評価は低いものとなるだけでなく、日本の将来も暗くなる。

 そこで、学習指導要領(解説も含めて)と教科書の関係、指導内容の柔軟的扱いの加減について明記することを望む。

 個人的には、教科書の内容全てを授業で扱うことが難しいという現実への直面が、学校、そして先生方一人ひとりにより深い学習指導要領研究、教科書研究の必要を感じさせ、指導内容の柔軟的扱いの判断力をつけることにつながり、学校教育力を高めていくと考える。

 しかし、それを期待する以上、指導の重軽を判断する力を学校に、先生方一人ひとりに育成する具体的施策および学習指導要領にある指導内容が人間形成に結びつくどのような力をつけることをねらいとして設定されているかが記述されていなければならない。

 3点目は、学校現場で日々子どもと向き合い授業をしている先生方に、学習指導要領の評価を受けることである。

 本来、学習指導要領の改訂は、日本の将来を担う子どもたちのために行うべきものである。そのためには、学習指導要領により子どもたちと真摯に向き合う学校現場の先生方が目指す道を明確に意識でき、夢、誇り、そして自信をもって日々の授業に取り組めるものであり続けることが重要である。そして何よりも「人間形成」ができてきているかを評価できるのは、毎日子どもと接している学校現場の教員である。学校現場の先生方からの学習指導要領への評価を受けることを望む。

 学校教育のプロとしての証は教員免許である。子どもたちと日々接しているのは学校現場の教員免許をもった教師、つまり学校教育のプロである。子どもたちが将来活躍する社会のプロと教員免許をもった学校教育のプロが日本の将来を考え、改訂ごとに方向が変わることがないような学習指導要領の改訂となることを期待する。