【連載】教育時事論評 研究室の窓から

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。
国立教育政策研究所教育研究情報センター総括研究官 千々布 敏弥

チーム学校

「新しい組織」の必要性を

 中央教育審議会は昨年7月に「これからの学校教育を担う教職員やチームとしての学校の在り方について」諮問を受け、「チームとしての学校・教職員の在り方に関する作業部会」を設けて検討を進めている。公明党は同時期に「新しい教育を実現するための義務教育条件整備に向けての提言」を文部科学大臣に提出し、その中で「チーム学校」の必要性を訴えている。自民党教育再生実行本部は5月に「チーム学校」に関する提言をまとめた。いずれも、スクールカウンセラーやソーシャルワーカーなどの専門スタッフを学校に配置することを「チーム学校」の要件としてあげている。

 「チーム学校」という言葉は、学校がチームとしてまとまる、という文脈よりも学校に教員以外のスタッフを配置し、教員と一緒にチームとなって学校教育に従事する、という意味合いが強い。

 この言葉の背景には、教員の多忙化への課題意識がある。昨年6月に公表されたOECD国際教員指導環境調査(TALIS)によると、日本の教員の勤務時間は参加国中最長であり、平均勤務時間の4割も長くなっている。授業そのものの時間は平均程度で特別長いわけではなく、その他の事務業務や課外活動の指導時間が長くなっている。教員の多忙観は各種調査で指摘されているところであり、実際の勤務時間も長いことが実証されたわけだが、その内訳を見ると、本務に関係ない事務や課外活動に充てる時間が長いことが分かった。

 なぜそうなるか。教員以外のスタッフが少ないからだ。中教審資料によると、アメリカでは学校の教職員総数のうち教員の割合は56%にとどまっており、残りの44%はソーシャルワーカー、カウンセラーなどの専門スタッフとなっている。イギリスは教員51%、その他のスタッフ49%となっている。対する日本は教員82%、その他のスタッフ18%だ。

 教員一人あたりの児童生徒数は、今よりも少なくする必要がある。クラスサイズも同様だ。ところが、大きな観点で教育に関する人的条件整備を考えたとき、教員数を増やすよりもその他のスタッフ数を増やす方がより先決だと考えても不思議はないだろう。

 日本は教員の指導力、児童生徒へのケアの能力は大変高い。だが、教員の能力の高さ故に、何でも教員に任せる風潮が続いている。明治期以来の伝統だろう。教員においても何でも自分でやろうとする文化が根付いており、そこから脱却できていない。私は日本の教員の思考特性―教員文化―が今の学校をぎりぎりの状態で保っていることに感謝しているのだが、同時に今の教員文化を変えない限り、「チーム学校」の実現と社会の変化への対応は難しいと予想している。

 簡単にいうと、日本の教員は外部の支援を嫌う。そして変化を好まない(そうでない教員もたくさんいるのだが)。学校にスクールカウンセラーが配置されるようになった当時、多くのトラブルを耳にした。コミュニティ・スクールもしかり。多くの場合、管理職も教員も、地域の人々や外部の専門家が学校に関わると混乱すると考えている。

 それまで自分たちだけでやっていたことに他のメンバーが加われば、当初は混乱するのが当然だ。なぜ新しい組織で取り組まないといけないのかを理解しないといけない。組織の目的は何か、目的達成のためにその対象である子ども、子どもを取り巻く家庭や地域の環境がどう変化しているか、それらの変化に対応しながら目的を達成するためにはどのような戦略が必要か。そのような戦略的思考が、教員の場合弱い。

 そのような教員の文化を変える機能も、「チーム学校」に求められるだろう。



 国立教育政策研究所教育研究情報センターの千々布敏弥総括研究官による連載「教育時事論評―研究室の窓から」がスタートします(月1回掲載)。授業研究を通じた学校づくりの支援を軸に研究を進めており、学校教育現場の実践にも精通した幅広い識見を基に教育時事を分析、解説してもらいます。