紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。(株)トータルフード代表取締役・亜細亜大学講師 小倉 朋子食器は兼用しない感性を  もしも私が、〝ご飯茶碗に味噌汁を入れ、汁椀にご飯を入れて〟食べたら驚きますよね?  でも、考えてみたら両者は兼用できる同じような形をしているんです。それでも誰も兼用しません。  ご飯と汁だけにとどまらず、和食は料理ごとに専用の器を用います。刺身皿と天ぷらの平皿も兼用しません。蒸し物の中にも茶碗蒸し用があり、煮物椀には使いません。見れば茶碗蒸しの器なんぞ、蕎麦猪口とそっくりではないですか! 発見!  いっぽう西洋料理では魚と肉料理の皿の区別は特になく、揚げ物も入れます。日本以外のアジア諸国も同様で、例えば中国では、一つの食器で、ご飯にスープ、杏仁豆腐などデザートまでも兼ねています。大変合理的なのです。食器と料理の相性やバランス、所有性は日本独特のものです。  ある小学校で、生徒たちに料理を食器に盛り付ける調査をしたところ、おかず用の平皿にご飯とおかず全て入れてしまって、ご飯茶碗を使わない生徒が多数いたそうです。現代のいわゆる〝普通の家庭〟の夕食は、驚くことが多々あります。たとえば焼きソバに冷凍チャーハンを合わせる夕食など珍しくなく、主食と主菜の感覚はもはや崩壊しているかもしれません。  全ての料理が大皿に盛られて、好き勝手に取って食べるスタイルは、食器の洗う手間が簡略される、その一点で広まっているのでしょう。  従来、日本人は、一つ一つの料理にも敬意を表現してきました。昨今の若者が〝ご飯茶碗にご飯〟を入れられなければ、左手で食器を持っていただくマナーも教えられません。  味覚障害を増長させる危険性や、物事の〝バランス〟力の欠如にもつながります。「兼用しない」。この日本の感性は、感謝の気持ちや社会への気づかいなど、様々に関係していたと思います。連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。栃木県小山市立小山第一小学校教諭 山中 伸之「積小為大」隙間を生かす  「積小為大 せきしょういだい」とは、二宮尊徳翁の言葉といわれる。本来の意味は深いが、ここでは単純に「小を積んで大と為す」と考えたい。時間をうまく使うコツのひとつがこの「積小為大」である。  生活の中には、隙間時間と呼ばれる大きな活動と活動との間に生まれる短い時間帯がある。我々は普通「5分しかない」「5分じゃ無理」などと頭から考えてしまい、この隙間時間を有効に活用しようとする考えを持たないことが多い。しかし、5分というわずかな時間でも、授業力や教材力アップのためにできることは少なくない。  5分間あれば、雑誌の論文や実践記録の1本程度は読むことができる。軽い読み物ならば10ページは読める。学習用のプリントも4分の1から3分の1は作ることができる。この小さい隙間時間を積み上げて、大きな仕事をするのである。まさに「積小為大」だ。  この隙間時間を有効に活用するためには、「5分間でも授業力アップができる」という意識を強くもつことが大事である。つまり意識改革である。それと同時に、5分間あればできる「授業力アップ」「教材力アップ」のための作業をいくつか用意し、小さな準備をしておくことが大切である。  例えば、(1)教育書や教育雑誌を常に机上に置いておき、読む(2)国語の教科書教材をコピーしておき、読んで気になったことをメモする(3)ノートパソコンに作りかけの学習プリントを表示しておき、さっと開いて続きを作成していく(4)授業後に集めた子どものノートを見て、授業を振り返る――等々。要は「すぐに作業に取りかかれる」状態を作っておくことだ。  もちろん、仕事の効率をアップするには休息も必要である。しかし、いつもいつもお茶を飲んで無駄話をしていては、小さい無駄が積み上がって大きな無駄になるだけである。5分間でも授業力をアップさせることができると前向きに考えることが授業・教材力を効率よく高めるための教師の習慣の第一歩である。 山中伸之(やまなか・のぶゆき)教諭=実感道徳研究会会長などを務める。『できる教師のすごい習慣』(学陽書房刊)、『できる教師の叱り方・ほめ方の極意』(学陽書房刊)など著書多数。連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。(株)防災士研修センター防災研究所上席研究員 濱口 和久日本人の防災・災害知識 中学生レベルにとどまる  災害に関して、無知が引き起こすものとして「風評被害」がある。  平成3年に起きた長崎県雲仙普賢岳の大噴火による火砕流・土石流は火山の東側の島原地区に甚大な被害を及ぼした。西側に位置する雲仙温泉にはほとんど噴火の影響や被害はなかったが、あたかも雲仙地方全体が壊滅的被害を受けて、近づくことのできない危険な場所であるという印象が日本全体に植えつけられた。  雲仙を訪れる観光客は、噴火の直前の前年(平成2年)には約550万人、うち宿泊客は138万人を数えたが、噴火が始まると、パッタリと落ち込み、約20年の月日を経ても、「風評被害」は完全には解消されていない。  平成16年の新潟県中越地震では、佐渡島などの被害軽微な地域でも観光客が激減する「風評被害」が続いた。  これらは噴火や地震に関する正しい知識を、日本人が持たないために起きた現象である。断片的な情報に過剰反応し、短絡的な思い込みが独り歩きしたために、大きな経済的損害が生じた事例といえるだろう。  「風評被害」の問題は、実は日本の理科教育にも直結している。例えば地震や噴火のメカニズムは、高校の地学という教科で習う項目となっている。  しかし現在、全国の高校生の地学履修率は7%を下回っているために、大多数の日本人の国土災害に関するリテラシー(理解能力)は、中学生で習った知識レベルに留まっている(鎌田浩毅著『次に来る自然災害』)。  文科省は東日本大震災を受けて、防災・災害教育に力を入れる方向に動いているが、高校での地学履修の問題については、あまり検討されていない。  17世紀の英国の哲学者フランシス・ベーコンの説く「知識は力なり」こそ、災害の発生時には必要なことなのである。  東日本大震災では、津波によって、多くの犠牲者を出した。津波に関する正しい知識を持っていたら、犠牲者の数は大幅に減ったであろうことは、誰の目にも明らかだ。  自然災害のメカニズムは、地学の知識があれば簡単に理解できるレベルなのである。また「風評被害」に惑わされない正しい災害知識を得ることは、国家の危機管理を考える上でも必要な資質となる。  日本は昔から災害列島といわれてきた。地球物理学者の寺田寅彦氏は「天災は忘れたころにやってくる」という言葉を残しているが、近年の自然災害の発生頻度を見ると、日本は今や、災害は忘れる前にやってくる時代に突入している。  今後、首都直下地震や東海、東南海、南海の三連動地震の発生が予想されるなか、日本人は否応なくこれらの災害から逃げることはできないのである。  東日本大震災では「想定外」という言葉が連発された。逃げられない災害から自分の身を守るためには、「想定外」をなくすことが何よりも重要になってくる。  そのためにも、日本人の防災・災害の知識レベルを向上させなければならない。もう日本には時間は残されていないのだ。 【連載開始】「防災の身体知」と題して、「防災士」の養成に力を注いでいる(株)防災士研修センター防災研究所の研究員に、今日求められている防災の視点などをまとめてもらう。月2回連載する。 連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。山形大学大学院教育実践研究科教授 江間史明 本連載では、「教師の演出とパフォーマンス」の視点から、教師が個々の教授行為に意識的になり、その精度を高める手立てについて考えてみたいと思います。  例えば、山形県の小学校で指導する真田伸夫教諭による電気の学習をみてみましょう。子どもたちは、スプーンやはさみ、釘など、金属で硬いものは電気を通すというイメージをもっています。そこで真田教諭はアルミホイルを持ち出しました。そして、箱からアルミホイルを1メートルほど引き出し、「みんなは電気を通すいろんなものを見つけたね。じゃあ、アルミホイルは?」と尋ねます。  すると、子どもたちからは、「紙みたいだから通さないんじゃないかな」「ちぎって短くすると通すかも」「アルミって金属でしょ」「だったら…」などの声が出てきます。  その上で、教師はアルミホイルを引き出していきます。長さにして8メートル。教室を一周します。テスターをあてると「ブッブー」(電気が通った)。「おー」という声があがります。  「じゃあ先生、ひもみたいにしたら」という声も出ます。「へえ、これでも電気が通るかな」と真田教諭は応じつつ、やってみます。子どもたちが帯状のアルミホイルをそれぞれにぎり、ロープ状にしてテスターにつなぎます。「ブッブー」。子どもからは「そうか、おんなじだ。電気の通り道は丸くつながっている」という指摘があります。  ここで次の2点を指摘できます。第1に、モノの見せ方と間のとり方に教師は意識的です。真田教諭はアルミホイルを1メートルでいったん止めています。紙状であることを強調し、子どもの金属イメージの曖昧さを刺激します。一方、「じゃあ、ひもみたいにしたら」という発言には、真田教諭はとぼけるように応じています。理由を尋ねたり、「いいことに気づいたね」とほめたりはしていません。とぼけた間で、子どもは想像や推論を広げています。  第2に、教師は、電気を通す典型的なもの(金属=硬い)から始め、判断に迷いそうな曖昧なものに展開しています。子どもが推論し、学習内容に少しずつ確信を深めるように演出しています。真田実践は、教師のパフォーマンスが小さな配慮の積み重ねであることを教えてくれます。 江間史明(えま・ふみあき)山形大学教授 専門は教育学、社会科教育。主な著書に『小学校社会・活用力を育てる授業』(図書文化社刊)などがある。  連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。東京女子体育大学教授 田中洋一言語活動充実の意義を再確認しながら ■学習指導要領が求める言語活動  現行学習指導要領が言語活動を中心に据えた授業展開を求めていることは周知のことですが、本連載を始めるに当たって、あらためてその趣旨を確認しておきたいと思います。  言語活動充実の方針は、学習指導要領「第一節 教育課程編成の一般方針 1教育課程編成の原則」の中で述べられています。その要点を述べると次のようになります。  1〓各学校は生きる力の育成を目指し、創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する。  2〓1の中で、(1)基礎的基本的な知識および技能を確実に習得させる。(2)「(1)」を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力その他の能力を育む。(3)主体的に学習に取り組む態度を養う。  3〓その際、生徒の発達段階を考慮して言語活動を充実する。また家庭との連携を図りながら学習習慣を確立するよう配慮する。  このことからわかるとおり、学校教育は生きる力の育成を目指して、(1)の知識技能、(2)の能力、(3)の態度を育てます。その手段として、「言語活動の充実」と「学習習慣の確立」があるということなのです。  学校での授業改善の現状を見ると、趣旨を理解した優れた実践も多いのですが、言語活動自体が目的化し、生徒による発表、話し合いなどがあればよいというものも散見されます。  ここは基本にもどり、学習指導要領に示された趣旨を理解して授業改善を図る必要があります。前述の(1)(2)(3)のどれも育成すべき大切な要素ですが、特に(2)と(3)は生徒の主体的な活動の中で育てることが必要ですので、ここにねらいを定めた言語活動が必要になります。 ■言語活動はそれぞれの教科目標達成のために行う  各教科と言語活動の関係は、国語科だけが他の教科と異なります。言語教科である国語科は、教科目標の中に「適切に表現し正確に理解する能力」を育成することが明示され、国語を駆使する力の向上自体が目標の一つになっています。 したがって国語科は例外となりますが、他の教科にとって言語活動は、あくまで教科目標を達成するための手段ですので、話し方の技術を身に付けるとか、文章力を育てるということは授業の目標にはならず、評価の対象でもありません。各教科は、それぞれの教科目標達成のために言語活動を行うのです。 ■話したり聞いたりする言語活動  本連載では、言語活動の中でも、「話したり聞いたりする活動」を中心に取り上げます。この言語活動はその有効性が認識されてきましたが、授業が予定通りに進行しなかったり、苦手な生徒への指導方法が確立していなかったりするために、多くの教師に敬遠されてきた経緯もあります。  次回から、その在り方や機能について少しずつ明らかにしていきましょう。  田中洋一(たなか・よういち)東京女子体育大学常任理事・教授。専門は国語教育。中教審国語専門委員、学習指導要領中学校国語作成協力者などを歴任。 連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。北海道北広島市立大曲東小学校教諭 山田 洋一教師がボケる授業は 子どもの言いたいを引き出す  よくご存じの漫才には、「ボケ役」と「ツッコミ役」がいます。ボケ役は、テーマに対して面白いことを言って観客を笑わせる役。一方、ツッコミ役は、その面白いことについて、素早く指摘し、観客に笑う箇所を指摘する役割を担っています。笑いのある授業では、これらの役割のどちらを教師が担うかが、授業スタイルの分かれ目となります。  教師がボケ役を担う場合、授業は教師がわざと間違えたり、不適切な言動をし、それらを子どもが正していくというスタイルになります。こうした授業スタイルは、すでに自明なことの確認や、あるいは教室に「わかっている子」と「わからない子」が混在している場合に、有効です。こうした授業は「間違えるはずがない」と思われている教師が間違うという形態で授業が進むので、それだけで子どもたちの意欲は高まります。  つまり、「先生の間違いを私たちが正さなきゃ」と意欲を高めることになるのです。「意見を言いなさい」「手をあげなさい」と言わなくても、子どもたちはどんどん発言します。このスタイルの授業は子どもたちの「言いたい」を引き出す授業といえます。  特に、低学年の授業でこの手法は有効です。例えば、1年生は入学して、すぐに「廊下の歩き方」「トイレの使い方」「手の挙げ方」「発表の仕方」に関する指導を受けます。これら「○○の仕方」を教える授業は教師がボケ役を担う授業スタイルと、とても相性が良いです。 ふつうこうした授業は、先生が一方的に「○○の仕方は…」と正しい仕方を教えるというスタイルで進んでいきます。内容によっては、多くの子どもたちが知っていることを教えるわけですから、子どもによっては大変退屈な時間になります。  しかし、教師がボケ役を買って出れば、状況は一変します。「では、まずトイレに入るときは、足で戸を開けます」「先生、『足で開けちゃいけない』ってお母さんが言っていました」「そうでした、そうでした。先生間違えました。こうして手で開けてね。そして、オシッコのときには、便器から離れて立ってします」  1メートルほど離れた所に立つ教師。すかさず男の子から、「先生、こぼれちゃいます!」とツッコミが入ります。「でも、先生はこれくらい飛ばすことができます!」今度は女の子が「それでもダメ!」と手厳しい指摘をします。  こうして子どもたちは正しい仕方を、促されなくても、自分から発言していきます。  教師がボケる授業は、子どもの「言いたい」を引き出すことができます。連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。ITジャーナリスト 趙章恩教育格差なくす改革でもある  「デジタル教科書」「スマート教室」は、韓国の教育現場を象徴する言葉になった。  校内の学校には、教室にインターネットが使えるパソコンが100%ある。教師は授業中、インターネットやIPTV(インターネットを利用して動画サービスを利用できるようにしたテレビ)を使って参考資料をプロジェクターに映し、子どもたちの理解を高める。一部の学校ではタブレットPCとデジタル教科書を使って授業を行っている。子どもたちは自ら教育サイトを検索し、探究したことを電子黒板に送信し、みんなの前で発表する。  家庭では、サイバー担任先生が指導してくれる「サイバー家庭学習」を利用して予・復習する。サイバー家庭学習は、教育庁が無料で提供している。学校からの告知も、紙にプリントして配る時代は終わり、今は全て学校のホームページに掲載する。教師も保護者も生徒も、当たり前のようにインターネットを十分使いこなしている。  韓国の文部省にあたる教育科学部は、96年に「教育情報化促進施行計画」を発表し、学校・教育・校務の情報化とデジタル教科書開発に着手した。デジタル教科書を使うためのバッググラウンドとして、インフラと教育情報化を整えてから、07年に「デジタル教科書常用化推進計画」を発表した。デジタル教科書に書き込んだ内容をいつでもどこでも見られるようにし、学習評価までも一通り情報化しないとデジタル教科書を使う意味がないからだ。  08年からは、全国の小・中学校100校近くをデジタル教科書研究学校に指定、教育現場の意見を反映してデジタル教科書をアップグレードしている。研究学校は「デジタル教科書を活用した協同学習モデル開発」「デジタル教科書を活用した自己主導学習モデル開発」など、学校ごとに研究テーマがある。テーマに合わせてデジタル教科書を使った授業モデルを設計し、担当教師はデジタル教科書を使ったクラスと、紙の教科書を使ったクラスとを比較した結果を教育庁に報告する。  教育科学部は11年に「スマート教育推進戦略」を発表し、14年は小中学校、15年は高校で、本格的にデジタル教科書を使うことにした。11年からは、デジタル教科書研究学校とは別に、スマートラーニング研究学校(タブレットPCと3Dディスプレー、電子黒板、電子ペンと電子ペーパー、クラウドコンピューティングなど)を運営している。  教育科学部がデジタル教科書に期待している点は大きく2つある。(1)教師が一方的に教える授業ではなく、子どもたちとコミュニケーションしながら一人ひとりのレベルに合わせた授業を行い、子どもたちは自ら探究する力を身につける(2)経済的理由で参考書が買えない、塾に行けない子どもたちも、デジタル教科書に搭載されている豊富なマルチメディア資料を利用することで十分学習できるので教育格差がなくなる。  韓国では、中学・高校の受験がなく、大学受験1本勝負なので、小学生から大学入試を目標に勉強する。塾に通う子どもたちは、学校の授業はレベルが低いからと興味をなくし、塾に行けない子どもは、学校の授業についていけないといった格差が問題になったのも、デジタル教科書を開発するきっかけになった。デジタル教科書は、学校の授業をより楽しく、意味のあるものにしなくては、という危機感から始まった教育改革でもある。  そのために、韓国ではデジタル教科書の端末を何にするのかではなく、教科書そのものの中身と授業モデル設計にもっとも力を入れている。  韓国は、世界どこよりも早く教育情報化に成功したとして、海外から注目されている。しかし、韓国でのデジタル教科書開発は、全て順調だったわけでない。教科書会社の反発、保護者らの反対もあった。次回は、デジタル教科書に反対する意見をもつ人たちをどのように説得したのかを紹介する。連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。目白大学人間学部児童教育学科教授 小林 福太郎心の教育への期待と現実の停滞  今から15年前の平成9年8月に、当時、文部大臣であった小杉隆氏は中央教育審議会に「幼児期からの心の教育の在り方について」を諮問した。その背景には、同年5月に社会を震撼させた中学生による幼児連続殺傷事件があった。 当時の少年事件の状況をふり返ると、減少傾向が続いていた少年刑法犯の総数が増加に転じており、続出する少年による犯罪の凶悪化や低年齢化が危惧されていた。このような中で、学校における「心の教育」の充実が求められるようになり、同時に道徳教育の推進が大きな関心事となったのである。  もちろん、心の教育の全てを道徳教育が担っているわけではない。しかし、心の教育を進めていく上で道徳教育の存在は欠くことのできない重要なカギとなることは、改めていうまでもない。  同年、文部省は「道徳教育推進状況調査」(平成9年)を実施している。その結果を見ると、道徳教育の要である道徳の時間の実施状況については、本来行うべき年間35時間を満たしている学校は、小学校では67・9%にとどまっており、中学校にいたっては41%と極めて低調な結果となっている。果たして、このような状況の中で各学校における心の教育が適切に推進され、懸案の課題解決に応えることができるのだろうか。  ■道徳授業の必要性と実態  表は、長崎県教育委員会が平成17年に実施した調査結果である。「死んだ人が生き返ると思いますか?」という設問に対して、「はい」と答えた児童生徒は全体で15・4%、中学校2年生は18・5%となっている。この結果に対しては様々な見解が示されるだろうが、数値を真摯に受け止め、子どもたちに命を大切にする心と態度を育成していくことが急務であることは確かである。  現代社会における少子化や核家族化の進行は、人間同士がふれあう機会を狭めたり、身近な人の死に接して生命の尊さを体感したりする機会を奪っている。また、物質的な豊かさは快適な生活をもたらす一方で、感謝の念を抱いたり、忍耐力を培ったりすることを阻害している。  改めて現代の子どもたちの置かれている状況を考えてみると、これまで以上に道徳の時間などを通して、自らの生き方について深く考えさせていく時間をしっかりと確保していくことが求められているといえる。  しかし、大学生に小・中学校の道徳授業を振り返えらせると、おおむね上位を占めるのは、「お説教の時間(生徒指導的な)」「ビデオを見たのが印象的」「学校行事の準備や練習」などであり、子どもの心を耕すような授業とはかけ離れた実態が浮かび上がってくる。  平成9年、私が都内の教育委員会に勤務していたころ、研修会の講師に当時の小杉隆文部大臣の実兄の内海静雄先生(元全国小学校道徳教育研究会長)をお招きしたことがある。そのとき、ご一緒させていただいた帰路の車中で、先生は物静かに、そして、熱く道徳授業のあるべき姿を語られていたことが、今も私の心に焼き付いている。  半世紀も前に特設された道徳授業は、今なお厳しい状況にある。次号から、停滞する道徳授業の活性化に向けて言及していきたい。 小林福太郎(こばやし・ふくたろう) 東京都練馬区教育振興基本計画懇談会副座長、新宿区教委区立学校第三者評価委員会委員、武蔵村山市小中一貫校村山学園検証委員会委員長などを歴任。主な著書に『市民科で変わる道徳教育』(教育開発研究所)、中学校道徳副読本『きみがいちばんひかる とき』(光村図書出版)など連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。東久留米市教育委員会指導室 東京都東久留米市教育委員会では、平成21年度から小・中連携教育を推進してきた。市内7つの中学校を中心にした研究グループを編成して取り組む一方、全校から主幹教諭や教科の専門家を招聘し小・中連携教育課程委員会を立ち上げ、各教科・領域のモデル的な指導案集を策定してきた。  今年は指導案の検証授業を実施し、改良を重ね「東久留米スタンダード」を目指している。市内外の人的資源を結集しながら、無理のない小・中連携教育を目指す点に特徴がある。今後6回にわたり、その実践を紹介する。  ■第1期3か年計画~小・中連携は必要か  本市の小・中連携教育は、必要に迫られての取り組みである。授業満足度調査からは、中学生では授業が「分かる」「楽しい」との肯定的な回答が減り、不登校も小6と中1を比べると約4倍に増加する現状があった。さらに、小・中教員間の子ども理解や指導観に微妙なずれがあることもあった。  そこで、小学校高学年から中学校にかけて学びの段差を適切にして乗り越えられるよう、小・中学校が互いに連携を図る教育を進めていくことが必要であることが分かった。では、具体的にどうしたらよいか。  この課題を解決するため3つの視点からアプローチした。連携方策上の視点として設定したのは、「9年間を見通した教育課程の編成」「児童・生徒の人間関係づくり」「教師間の連携意識の高揚」である。  まず、平成21~23年度の3カ年計画でカリキュラムづくりや、体制づくりに向けた取り組みをスタートした。市内小・中学校の教員が協働する教育課程委員会では互いの授業公開などを交え、市内で教科ごとの共通のカリキュラムづくりを模索した。さらに、市内2中学校区の小・中学校をモデル校に地域特性などを踏まえた小・中連携での学習・生活指導の在り方なども追求した。  ■第2期新3か年計画~児童生徒が直接交流へ  今年度から「新3か年計画」を実施。モデル校の研究を生かし、市内の全7中学校区で連携授業と交流を図りながら、小・中学生が部活などで定期的に交流し合う体制もスタートさせた。  また、教育課程委員会が、これまで考えてきた各教科の指導案を実際の授業に落とし込んで検証・改善する「検証授業・研究会」も実施。教科ごとに小・中学校教員が互いに授業を見せ、それぞれの学習内容の理解や具体的な連携実践の在り方を協議し合っている。  市内の小・中学校教員が学習、生活指導面の情報を共有し、共に子どもを育てる意識をもつことを出発点に、「児童・生徒の人間関係づくりを視野に、共に活動し体験する機会を意図的、計画的につくる」「各校の現状を踏まえた連携で9年間を見通した実践可能な範囲で教育課程を編成する」を重視し、目標としている。  そのため、小・中一体型校舎での実施や新たな教育内容の創設などといった取り組みにはしない。あくまでも無理のない小・中連携教育を目指している。連載一覧へ

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。日本持続発展教育推進フォーラム理事・環境省認定環境カウンセラー 宇野彰人危機対応力を高める  7月に防災科の創設が見送られた。今そこにある危機について児童生徒に理解させ、危機予測、危機回避能力を高める教育は、「生きる力」として重要である。教科化にあたって最後まで議論が分かれたのは指導時間の確保についてであったという。また今後、系統的・体系的な指導内容を整理して学校に示すとされている。  しかし、これまで、「○○教育」というものが数多くあげられてきたが、そのうち教育課程に明確に位置付けられたもの、または実践し評価まで行った学校はどのくらいあるだろうか。  内容が増えた教科書を終わらせることが最優先で、ゆとりのない今の学校は、時間が設定され、指導計画が示されていないと実施できないでいるというのが実態である。このままでは防災科の趣旨も生かされずに「○○教育」同様の運命をたどることになるのだろうか。  しかし、これまでの「〇〇教育」と防災科の明らかな違いは、今すぐ直接的に命に係わる待ったなしの教育であるという点である。東日本大震災や九州北部豪雨等の災害で我々は何を教訓として学んだのか。被災者の無念さに報いるためにも危機対応に関する教育は、喫緊の国家的課題のはずである。「教科を横断して」とか「各学校において適切に」といったあまり現実的でないものではなく、学校は具体的な時間と指導計画・内容を必要としている。  「地を離れて人なく、人を離れて事なし。故に人事を論ぜんと欲せば、先ず地理を観よ」と吉田松陰は弟子に語ったとされる。日本の国土の特色として「川が短く急流が多い」「自然災害が多い」と、中学校地理のどの教科書にも記述されている。それらを自地域に置きかえて理解を深めてきただろうか。そこで、まず「自分が住む地域と学校のよさ」「将来に残したいもの」は何か、「それらを維持・発展させるために」はどうすればよいのかについてじっくり調べ、考えさせ、行動させる学習を行いたい。  次に、この地域に予測される自然災害、交通事故や痴漢の出没等の危険な場所など「地域の持続発展のハザード」を調べ、対策を考え行動できるようにする。同時に「楽しい学校生活を送るために」日常生活を常に見直し、改善を図っていく。そしてそれらのなかで自己防衛意識(self defense)や行動規範を身につけさせる、「環境(ふるさと)学習」を改めて教育課程に位置付ける必要があると考える。  新学習指導要領が小中で実施されたばかりで教科の新設は現実的でないのであるなら、「総合的な学習の時間」の半分の時間数でもそれに充てるようにする等の工夫はできないだろうか。  一方、予測不可能な状況へのシステム化の遅れを改善し、平常時の予防措置や緊急事態発生時の危機対応、収束時の事後措置について対応力を高めるようにするためには、学校のみならず、保護者・地域住民、関係諸機関とともに学習する系統的・体系的プログラムを導入して実際の場面で役に立つ学習とすることが欠かせない。▼連載・特集一覧へ

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