「地域のお年寄りのためにできることは何だろう」――。5年生の子どもたちは総合的な学習の時間で「小千谷の高齢者の方と共に生きる」をテーマに、学習を進めてきた。

OECDによる国際学習到達度調査の昨年12月初めのPISA2015結果報告で、シンガポールが世界の国・地域を抜き、トップとなった。多くの教育関係者に衝撃を与えたであろう。

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。日本持続発展教育推進フォーラム理事・環境省認定環境カウンセラー 宇野彰人危機対応力を高める  7月に防災科の創設が見送られた。今そこにある危機について児童生徒に理解させ、危機予測、危機回避能力を高める教育は、「生きる力」として重要である。教科化にあたって最後まで議論が分かれたのは指導時間の確保についてであったという。また今後、系統的・体系的な指導内容を整理して学校に示すとされている。  しかし、これまで、「○○教育」というものが数多くあげられてきたが、そのうち教育課程に明確に位置付けられたもの、または実践し評価まで行った学校はどのくらいあるだろうか。  内容が増えた教科書を終わらせることが最優先で、ゆとりのない今の学校は、時間が設定され、指導計画が示されていないと実施できないでいるというのが実態である。このままでは防災科の趣旨も生かされずに「○○教育」同様の運命をたどることになるのだろうか。  しかし、これまでの「〇〇教育」と防災科の明らかな違いは、今すぐ直接的に命に係わる待ったなしの教育であるという点である。東日本大震災や九州北部豪雨等の災害で我々は何を教訓として学んだのか。被災者の無念さに報いるためにも危機対応に関する教育は、喫緊の国家的課題のはずである。「教科を横断して」とか「各学校において適切に」といったあまり現実的でないものではなく、学校は具体的な時間と指導計画・内容を必要としている。  「地を離れて人なく、人を離れて事なし。故に人事を論ぜんと欲せば、先ず地理を観よ」と吉田松陰は弟子に語ったとされる。日本の国土の特色として「川が短く急流が多い」「自然災害が多い」と、中学校地理のどの教科書にも記述されている。それらを自地域に置きかえて理解を深めてきただろうか。そこで、まず「自分が住む地域と学校のよさ」「将来に残したいもの」は何か、「それらを維持・発展させるために」はどうすればよいのかについてじっくり調べ、考えさせ、行動させる学習を行いたい。  次に、この地域に予測される自然災害、交通事故や痴漢の出没等の危険な場所など「地域の持続発展のハザード」を調べ、対策を考え行動できるようにする。同時に「楽しい学校生活を送るために」日常生活を常に見直し、改善を図っていく。そしてそれらのなかで自己防衛意識(self defense)や行動規範を身につけさせる、「環境(ふるさと)学習」を改めて教育課程に位置付ける必要があると考える。  新学習指導要領が小中で実施されたばかりで教科の新設は現実的でないのであるなら、「総合的な学習の時間」の半分の時間数でもそれに充てるようにする等の工夫はできないだろうか。  一方、予測不可能な状況へのシステム化の遅れを改善し、平常時の予防措置や緊急事態発生時の危機対応、収束時の事後措置について対応力を高めるようにするためには、学校のみならず、保護者・地域住民、関係諸機関とともに学習する系統的・体系的プログラムを導入して実際の場面で役に立つ学習とすることが欠かせない。▼連載・特集一覧へ

校則違反には必ず〝わけ〟があり、何度指導しても直さない場合には、このわけに取り組まないと違反は根本的に直りません。今回はこの〝わけ〟を考えてみます。規範意識がないから違反するのだと考えては安易すぎます。そこにはもっと深いわけがあります。

 現場の先生方の中で、法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」をご存じの方は、どの程度おられるだろうか。日本最大級の法律ポータルサイトで、弁護士のマーケティング活動を支援する無料法律相談や、法律事務所の検索サービスを提供している。相談実績は193万件に達する。  これだけだと、このドットコムは、教育界とは縁の薄そうな存在にみられがちだが、実は、その関連性は近年、強まりつつあるのだ。特に、学校での部活動の事故解決で、このドットコムを利用する事例が増えている。  内容は、「学校の部活内の不慮の事故でけがをさせてしまった相手に賠償金を請求されたらどうすればいいか」「部活中の事故について学校側と補償についての話をしたい」「部活動でイベント中の事故で、学校や主催者に責任は問えないか」など、事故に関連する相談が圧倒的に多い。……

教育再生実行会議の第十次提言で「教師の日」が提案されている。

学校でのビブリオバトルがいつごろから広がり始めたのか考えてみると、平成25年に東京都が、埼玉、千葉、神奈川の各県に呼び掛け、「ビブリオバトル首都決戦2013」を開催したのが最初であろう。

「みなさん、幼いころに絵本を読んだり、読み聞かせてもらったりしたことはありますか」と聞くと、ほとんどの生徒が手を挙げる。幼少時代の記憶があまりなくても、好きだった絵本は印象に残っているものだ。

4月がスタートしました。この連載を読まれている方は、新年度への期待はもちろん、不安もきっと大きいのではないでしょうか。私もそうでした。「子どもたちとうまくいくのかな?」「学習指導はどうしよう?」……。この季節には、そんなことばかり考えていました。

 紙面に掲載した連載の初回分を紹介します。北海道北広島市立大曲東小学校教諭 山田 洋一発言を受けてさらに深める  授業のちょっとした部分を再現してみます。社会科「寒い地方のくらしとあたたかい地方のくらし」の学習です。教員は、北海道にある家と、沖縄県にある伝統的な家の写真を提示します。  そして、(1)「この2枚の写真を比べてみて、大きく違うところはどこかな?」と児童たちに問いかけます。やがて数人の児童が手を挙げ、教員はある児童を指名します。すると、児童が(2)「屋根の形が違います」と答えます。それに対して、教員は(3)「お、本当だ! 北海道の屋根は木でできているけれど、沖縄の屋根は鉄板でできていますね」と応じます。(1)は、教員から児童に向けた発問です。  授業は原則として、発問、説明、指示などの「教員側からの働きかけ」を軸に進んでいきます。  一方、前述の場面の(3)も、確かに「教員側からの働きかけ」といってよいのですが、(1)の発問とは少し性質が違うようです。その性質とは、一体どのようなものでしょうか。  それは、「児童側からの表出」があって初めて行われる「教員側からの働きかけ」といえるようなものです。つまり、児童がとった態度や見せた表情、その発言内容、そういうものに対して、適宜行われる教員の対応といえるようなものです。私は、そうした教員の働きかけにも見過ごせない技術が存在していると主張しています。  一見すると、そこには教員の技術など存在していないように思われます。先の(3)は児童の発言を受け止めた上で返すというごく当たり前の対応に見えます。しかし、(3)の発言は、単に「受け止めた上で返す」と言い切るには、やや違和感があるようにも思われるでしょう。  ところで、(3)の発言の後、授業はどのように進むのでしょう。おそらく明らかに間違っている教員の発言に対して、児童は次のように言うでしょう。  「違います、先生。北海道の家の方は、鉄板のような屋根で、沖縄の家の方は瓦です」教員は、これに対して「ああ、ごめんなさい。本当だね。ところで、どうしてこんな風に違うのだろうね」と応じるでしょう。  みなさん、すでにお気づきの通り、(3)の教師の発言は、単に「受け止めて返す」などという単純なものではなく、「受け止めて、わざと間違える。そのことによって、児童にさらに詳しく説明することを求め、次の課題へと自然に結びつけた」ことになっているわけです。それも、教員は意図的にこの対応をしていると考えられます。私は、こうした児童の発言を受けて、さらに児童の発言を深める対応を指導における「対話術」と呼んでいるのです。  ※著書『発問・説明・指示を超える対話術』(さくら社)が参考になる。 連載一覧へ

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