(新しい潮流にチャレンジ)授業改善とアクティブ・ラーニング

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

教師の授業姿勢が課題
○わが国のネガティブな教育状況

アクティブ・ラーニングはなぜ必要か、という問いの中で、極めて気になるわが国の教育状況がある。

その最も重要な課題の一つが、OECDが行った中学校教員の調査である(『国際教員指導環境調査(TALIS)』2013)。周知のように、この調査はわが国の教員の勤務時間最長という結果が示され、「チーム学校」や「学校業務改善ガイドライン」などに大きな影響を与えている。また、わが国の教師は授業研究に熱心で、生徒の授業参加もよい、とされる。

しかし、一方では、「日本の教師『自信』最低」と言われたのである。生徒の主体的な学習参加への教師の指導など、がく然とするような調査結果が示されていた。

例えば、「生徒の主体的参加についての自己効力感」では、「生徒に勉強ができる自信を持たせる」17・6%である。ところが参加国平均は85・8%である。驚くべき格差である。「生徒が学習の価値を見いだせるように手助けする」26・0%(参加国平均80・7%、以下同じ)、「勉強にあまり関心を示さない生徒の動機付けをする」21・9%(70・0%)、「生徒の批判的思考を促す」15・6%(80・3%)である。

なぜ、このような圧倒的な差異が生じるのであろうか。この調査からは、わが国の教育風土の中に生徒の主体的な学習活動を育てる教師の役割が決定的に欠落している、としか考えられないのではないか。長年、学習者主体の授業展開が言われ続けてきたが、今なお教師主導の教え込みが幅を利かせているのであろうか。

このような実態はベネッセの調査にも表れていて、「授業で取り入れている学習活動の実施割合」について、生徒の「意見の発表」を「ほとんど行わない」も含めて3割以下が社会科の場合32・9%であった。理科は34・8%である。「グループの活動」は同じく社会科が29・5%、理科が35・8%である。つまり3割以上の教師が生徒に自分の意見をほとんど言わせず、グループの活動も行っていないという実態が示されている(ベネッセ教育総合研究所『中学校の学習指導に関する実態調査報告書2014』)。

このような授業における生徒のアクティブの欠如は、OESDのTALIS調査でも明瞭で、「生徒のための発問を工夫する」は42・8%(参加国平均87・4% 以下同じ)、「多様な評価方法を工夫する」26・7%(81・9%)、「生徒がわからない時には、別な説明の仕方を工夫する」54・2%(92・0%)、「様々な指導法を用いて授業を行う」43・6%(77・4%)であった。

○なぜ教師主導の授業は変わらないか

このようなわが国の教師の授業の在り方は、現在中教審が進めようとしているアクティブ・ラーニングと全く相反するものである。現行の教育課程においても学力の3要素として、知識・技能のみでなく、思考力・判断力・表現力などの活用力の重視が言われている。にもかかわらず、教師主導の授業がかなり強固に実施されているという実態がみられる。

したがって、このような実態に正対し、どうすれば授業改善が可能か、基本の在り方から変革を求める必要がある。

そこで、さらにベネッセ調査によって経年比較をみると、生徒の「意見の発表」は社会科の場合、2008年に比べて2014年はわずかに改善している。理科の場合も同様であるが、いずれにしろ改善の程度は数ポイントに過ぎない。グループの活動もわずかに改善している程度である。

さらに、理科のみが教員の年齢別調査を行っていて、生徒の「意見の発表」は年齢が高いほど実施していない割合が多い。また、「グループごとの活動」は年齢差があまりないが、50歳以上の実施率が最も低い。

ただ、こうした調査結果からみるアクティブな授業は、7割以上実施している層があって全体の4割程度である。中間層と消極的な層が各3割程度というバラツキである。つまり、個々の教師の「授業観による差」が大きいのではないかと推測できる。

なお、OECDの調査も、ベネッセの調査も共に2015年以前の実施であって、当時中教審への「諮問」で提示されたアクティブ・ラーニングは全く周知されていなかった。したがって、今後アクティブな授業に加速度的に変わる可能性がある。

しかし、そうは言っても、アクティブ・ラーニングを教員個々が理解し、受容し、実践し、効果を上げるまで授業改善することはかなり難しいのではないか。従来から長く実施してきた自己流的な授業スタイルを否定して、新たな生徒主体の活動に変えることは容易ではないのである。この問題をどう考えるべきであろうか。

○授業改善に必要な伝播作用

かつて「教育改革は教室のドアの前で止まる」と揶揄されたことがあった。

これまで多くの教育改革が提唱されたが、肝心の授業を改善するまでに浸透せず、やがて提唱そのものが消えていくことからの教師批判、学校批判であった。

しかし、なぜ教師主導の講義式にいつまでも固執する層がなくならないのであろうか。その大きな背景に受験対応があって、活用型重視の授業に対して、「教科書の隅から隅まで指導しないと高校受験に間に合わない」と語る中学校教師は多かった。教師主導の講義式授業が高校受験では効率的だとする考えの根は深いのである。入試問題等をアクティブ・ラーニングに適合する方策が必要であるし、能動的な学習が学力を向上させるという合意形成も必要である。

それでもアクティブ・ラーニングへの転換は遅々として進まない可能性がある。

アクティブ・ラーニングを「知識」として理解することと、実際に授業で展開する教師の「行動」との間にはかなりの乖離が見られるからである。容易に飛び超えられる教師もいれば、そうでない教師もいる。個々の教師の意識の変革だけに難しいのである。

ネガティブな教育実践者たちは、新しい学力観でも、PISAの学力の導入でも、学力3要素の提唱でも、それを聞き流すようにして自己の授業スタイルを変えずに授業実践を続けてきたのではないか。そうであれば、アクティブ・ラーニングが提唱されても、自己の固執する授業スタイルを継続する可能性がある。

アクティブ・ラーニングを各学校に浸透させるためにはどうすれば可能か、「伝播作用」についての研究が必要である。中教審が『答申』を出し、学習指導要領を公布すれば浸透するというレベルでは到底ない。浸透のための事後の取り組みの効率化が必要である。そのために、アクティブ・ラーニングの基本として次期教育課程の『論点整理』が示した「指導方法の不断の見直し」の3つの視点を繰り返し教員に徹底することが大切であろう。

(1)習得・活用・探究という学習プロセスの中で、問題発見・解決を念頭に置いた深い学びの過程が実現できているか。
(2)他者との協働や外界との相互作用を通じて、自らの考えを広げ深める、対話的な学びの過程が実現できているか。
(3)子どもたちが見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか。

つまり、(1)深い学びになっているか(2)対話的な学びになっているか(3)主体的な学びになっているか、という視点で授業の見つめ直しを繰り返すことで、徐々に授業は変わっていくのではないか。

幸い、わが国は「授業研究」が盛んである。校内で授業を見せ合う学校は多い。校長の授業観察・面談の機会も多くなっている。「伝播作用」は多面的・継続的に行うべきであると考える。

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