(本紙編集局はこう読む 深掘り教育ニュース)公財政支出OECDで最下位

一方では教員大幅削減の声も

経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2012年の国内総生産(GDP)における教育機関に対する日本の公財政支出の割合は、比較可能な32カ国中で最低だったことが分かった(本紙11月26日付既報)。

今回から、幼稚園など就学前教育が対象に入っていないため、単純比較はできないものの、これで6年連続して、教育に対する公財政支出の割合は最低となった。一方で、時を同じくして財政審議会は、大幅な教員定数の削減を麻生太郎財務省に建議した。

■6年連続で最下位

日本の教育に対する支出自体を見ると、決して低くはない。それどころか、OECD平均を上回っている。しかし、それに対して公財政支出の割合が最低であるということは、裏を返せば、日本の教育は家庭負担(私費負担)で成り立っているのを意味する。この傾向は、高等教育において特に顕著である。日本の教育のアキレスけんともいえる。

だが、初等中等教育においても、公財政支出の低さは、公立学校の学級規模(13年)という形で表れている。小学校は27人(OECD平均21人)、中学校は32人(同24人)となっている。日本の初中教育は、教員の能力の高さによって支えられているといっても過言ではない。OECDの調査によると、日本の公立学校教員の法定勤務時間(13年)は年間1899時間で、OECD平均を約300時間も上回っている。このうち、授業時間の割合(初等教育)は39%、対してOECD平均は49%だ。

言い換えれば、日本の高等教育は家庭の経済的負担で支えられ、日本の初中教育は教員の能力の高さと労働負担によって成り立っているといってよい。

■教員3・7万人の削減

これに対して財政審議会は、平成28年度予算編成に向けた建議の中で、「人口減少を踏まえた『自然減』を前提」とするべきと強調し、今後9年間で、公立小・中学校教員を3万7千人削減するよう提言した。それ以上の教職員配置が必要ならば、その有効性を示すエビデンス(合理的根拠)を挙げるよう求めた。

教育に対する公財政支出が、OECD調査で最低だったことは、財政審にとって何らのエビデンスにはなっていないようだ。さらに財政審は、教員の数が増えれば、いじめや不登校は減るのか、学力は向上するのか、そして教員の多忙化は本当に解消するのかと、疑問を投げ掛けている。

確かに、教員を増やせば、これらが必ず解消される保証はない。だが、いじめは対策が充実するほど「認知件数」が上がるという性格をもっており、教員数に関するエビデンスとしては不適切だ。不登校は、教員以外の問題が大きい。そして学力に関しては、地域差や学区差という問題があり、全国一律に論じるのは難しい面がある。

そもそも学力向上は、教育の目標の一つではあるが、それが主要目標であるといわれると、やや首を傾げざるを得ない。

また財政審は、教員を増やすよりも、外部の専門家などを学校に入れることで、教員の多忙感を解消できるとしている。これは、中教審が近く答申予定の「チーム学校」を指してのことだろう。だが「チーム学校」は、多様な職種を学校に導入することで、複雑化した子どもの問題に対応するのがねらいであり、決して教員の削減を意味するものではない。

■早急に教育予算の充実を

先のOECD調査によると、日本の教員給与は高水準であるものの、そこに至るまでの年数がOECD平均よりも10年長い。ほかに、15年勤続教員給与は、過去8年間で6%も減少しているという。

これでは、本当に優秀な人材を取り込むのは難しいだろう。

教育も聖域ではなくなり、そこに予算(税金)を投入するためには、確かなエビデンスが必要なのは間違いない。しかし、教育に関するエビデンスとは、何なのだろうか。そこをよく考える必要がある。

現在の日本の学校現場の実情は、限界に近づきつつある。これまで何とかなっていたから、これからも大丈夫だとはいえない状況だ。その前に、早急に公財政支出を増やし、初中教育における教職員配置を充実させることが、急務といえるだろう。