(新しい潮流にチャレンジ)いじめ指導は充実できるか

仲間が支え合う学級づくりを
○いじめ問題への諸外国の取り組み

平成25年に『いじめ防止対策推進法』が制定されたが、いじめは少しも解消されないように思える。法律を制定しても十分に学校に浸透せず、機能していないという状況がみられる。いじめ問題は頻繁に起きていると言わざるを得ない。いじめ指導の基本に何が必要か、さらなる追究が必要に思える。

そうした現状から『月刊教職研修』(27年12月号・教育開発研究所)は、「わが校の『いじめ』対応は機能しているか」を特集した。その中で特に関心をもったのは橋本定男元教授(現高崎経済大)の提言である。その提言は「いじめに強い学級づくり」を内容としていたからである。これまでもいじめに関する論文は多くみられたが、学級づくりを正面にすえたのは少なかった。しかし、極めて重要なカギがそこに見いだされるように考える。

その提言に触れる前に、重要な報告として全国都道府県教育長協議会総合部会による『諸外国におけるいじめ問題への対応』(平成27年)を取り上げたい。この報告書は、ノルウェー、イギリス、オーストラリア等のいじめ指導について重要な指摘がいくつかある。

例えば、日本、イギリス、オランダの比較として、いじめがエスカレートしないための「仲裁者」と、いじめを見て見ぬふりをする「傍観者」の傾向を示しているが、日本の場合、小5で半数を占めていた「仲裁者」が学年が上がるにつれて徐々に減少し、中3では2割程度まで低下する。逆に「傍観者」は小5で26%程度だったのが、徐々に増加して中3は62%となる。イギリスやオランダとは異なる傾向である。

また、わが国のいじめ指導は、いじめの早期発見、心理的な安定と自立のサポート、周囲との関係改善などが主要であるが、イギリスは、子どもの育つ環境の安全や将来への価値観として市民性を育てることを重視する。アメリカは、いじめを許さない社会を創造することに主眼をおき、「沈黙する傍観者」から「行動する傍観者」に変えるプログラムや生徒同士の仲間調整トラブル解決法などを示しているという。

さらに、ノルウェーでは、ベルゲン大学のオルウェーズ教授のいじめ指導プログラムを学校で組織的に指導している例が紹介されている。このプログラムを実施した学校は半年でいじめが2分の1に減少したとされる。

こうした調査結果を都道府県でどのような実効性のある施策に創り上げるか、極めて興味がある。この報告書はノルウェー訪問のまとめで、(1)社会全体で子供たちを守ろうとする姿勢(2)子供たち自身のいじめ問題解決への積極的な参加(3)どこでも活用可能な汎用プログラムは存在しない――の3点を提言している。

○学級づくりといじめ指導

橋本教授の提言に関心をもつのは、「いじめにつながる問題を子どもが解決していく。いじめ防止の基本ではないか」とする考え方に共感するからである。しかも、それを個々の子ども中心ではなく、学級づくりとして問題解決する、その指導の基本が重要なのである。学級の中には、いじめる子、いじめられる子、仲裁する子、傍観する子などが存在する。そうした個々の子どもが、自分の学級で起きているいじめ問題に正対する雰囲気や環境を創る。

実は先の教育長報告書にはなかったことであるが、フィンランドにKiVa(キヴァ)といういじめ防止プログラムがある。いじめの被害者、加害者、傍観者それぞれが受ける影響を考えて、年間10回に分けて(2教時連続)多様な授業を行う。互いの責任感に目覚めさせ、学級全員が問題意識を変化させるように働きかける。傍観者も身近に起きるいじめ問題の影響を受けて学習への参加意欲の低下や身体的な不調を起こす、としているのである。特に重視しているのは保護者への働きかけである。こうした諸外国の例に比べると、わが国のいじめ指導は、全ての子どもに対応した指導が手薄い印象がある。

橋本教授は、いじめに強い学級づくりを進めるために校内研修を主に記述しているのであるが、学級づくりを機能させるためには学級活動の話し合いや道徳の時間の実践化が必要であろう。基本は、いじめ問題防止のために学級全員を巻き込む指導である。「支持的で温かい学級集団を目指す。同時にリアルな問題発生の機会を生かし、話し合いできまりをつくる問題解決活動を組織する」としている。文言は短いが、学級づくりの大切さが伝わってくる。

いじめ指導は繰り返し強調され続けてきた。平成6年の愛知県西尾市の中学生・大河内清輝君が遺書を残して自殺した事件は大きなショックを教育界に与えた(〓階編『いじめ指導マニュアル』教育開発研究所・平成7年)。その後もたびたび自殺事件は起き、多様な問題を投げかけてきた。そうした問題への取り組みはどう効果をあげてきたであろうか。指導の効果を一層高めるための方策が、いじめ防止対策推進法ではないかと考えれば、その実効性について改めて深く考えざるを得ない。

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