(本紙編集局はこう読む 深掘り教育ニュース)いじめ防止法改正で要望書

大切なのは学校の体制整備

いじめを受けて自殺した滋賀県大津市立中学校の2年生男子生徒の遺族と同市の越直美市長が、いじめ防止対策推進法改正に関する要望書を2月17日、馳浩文科相に手渡した(本紙電子版では同日配信/本紙では2月29日付既報)。だが、問題は同法改正だけで済むのだろうか。法律をいくら改正しても、それが機能しなければ意味はない。

■防止法の改正求める

「いじめ防止対策推進法」(いじめ防止法)では、施行後3年をめどに、必要があれば見直しをするよう規定されている。これに対して要望書は、▽いじめ防止基本方針の履行の義務化▽いじめアンケート調査結果の家庭などへの公開▽事件を契機に同市が独自に配置している「いじめ対策担当教員」の全国配置化――などを行えるよう、法改正を求めている。いずれも法改正に向けた重要な指摘だといえる。

特に「いじめ対策担当教員」の全国配置などは、学校現場にとっても必要な措置だ。だが問題は、いじめ防止法の改正だけで済むのだろうか。逆にいえば、いくら法律をつくり、改正を繰り返しても、肝心の学校の体制が伴わない限り、いじめ関係の対応は進まない。

そもそも昨年7月に、岩手県矢巾町でいじめを原因とした中学生の自殺事案が起こり、いじめ防止法が学校で機能していなかった現実が、大きな問題となった。その後、文科省は、この矢巾町の重大事態に至るケースで認知件数もれがあったとして、問題行動調査のうち「いじめ事案」について、全国的にやり直しを命じた。その結果、大幅ないじめ認知件数の増加が明らかになったのは、記憶に新しい。

大切なのは、いじめ防止法の改正だけでなく、いじめ防止対策が確実に学校で行われるような体制を整備することだ。それなしに、いくら法律だけを議論しても、効果は薄いだろう。

■機能しなかった防止法

いじめ防止法では、各学校に「いじめ防止基本方針」の策定と防止対策のための「組織」の設置を義務付けている。だが、それがうまく機能しなかったのは、矢巾町の事件案や、その後もいじめ自殺事案が相次いだことでも明らかだ。

文科省は昨年8月、いじめ防止対策の体制見直しなどについて通知している。だが、新年度を前にして、もう一度、いじめ防止対策の見直しを、学校現場は行う必要がある。例えば、学校のいじめ防止基本方針は、旧年度のままでよいのか。なかには市町村の基本方針を少しアレンジしただけのものがあるのではないか。また策定や見直しに当たり、生徒指導担当教員が1人で行い、会議でそれを配布するだけという事態はないだろうか。

新年度を機会に、教職員全体でいじめ防止の基本方針をもう一度見直してみるのも必要だろう。またそれをホームページで公開し、保護者や地域住民などに周知しておく取り組みも、求められる。

■「いじめゼロ」は不可能

いじめ防止対策の組織についても、運営体制を見直すべきだろう。矢巾町の事案やその他の事案でも、いじめに関する情報共有が適切にできていなかった点が、大きな原因の1つとなっている。日常的にいじめ防止の組織を動かすのが難しいとすれば、中心となる教員に情報を一元化するようなシステムをつくったり、細かな情報を共有ファイルなどにアップロードするなどの仕組みを整備しておくなどの工夫も求められる。

さらに重要なのは、教員や教委事務局などを含めた教育関係者全体の意識改革だ。問題行動調査のやり直しで増えたいじめ認知件数は、学校などが隠していたというよりも、「解決済み」として報告していなかったものが多いと思われる。また都道府県ごとのいじめ認知件数の違いに、大きな差がある点も指摘されている。

この背景には、「いじめ」があるのは学校や教委のマイナス要因であるとの認識がある。正直にいえば、「いじめゼロ」などは空理空論だ。事態の大小は違うけれど、いじめはどの学校にも必ず存在する。そして、いじめ防止対策の最も大事な点は、いじめを早いうちに見つけて解決する「早期発見」と「早期対策」にある。

いじめは、あってはならないのは当然だが、それが前提となってしまうと、いじめを目にしても「これはいじめではない」との認識が生まれやすい。そうした心理的なデバイスは、事態をかえって重大化・深刻化させかねない。

いじめ防止法の改正を論議するのは必要なことかもしれない。しかし、それを機能させるのは学校現場だ。そのことを忘れてはならない。

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