(新しい潮流にチャレンジ)スタートカリキュラムは充実できるか

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

幼児教育と「非認知能力」の形成
○小1プロブレムへの対応

4月はピッカピカの1年生の入学である。その日からスタートカリキュラムは始まる。スタートカリキュラムは新しい試みで、参考資料である文科省の『スタートカリキュラム スタートブック』が発行されたのが昨年1月であるから、新年度は2回目になる。

なぜ、スタートカリキュラムが必要とされるようになったのか。その背景には、ずいぶん以前から1年生がかなり問題傾向をみせるようになっていたことにある。

例えば、いまから30年前、全国的に小・中・高・大学ともに「おしゃべりの多さ」が話題になっていた。その当時、私は北海道立教育研究所で全国教育研究所連盟の生徒指導に関する共同研究の事務局を担当していて、小・中・高校生の全国調査を実施した。

その時の調査結果として、「少しみられる+かなりみられる」であるが、小1は「私語やおしゃべりをする」82%、「気力がなくぼんやりしている」74%、「学習用具を持ってこない」44%、「わざと音を立てたり、奇声を発する」27%などであった(同連盟編『新しい生徒指導の視座』ぎょうせい1986)。

この調査結果は驚きであった。その後も小1の問題傾向は続々と知られるようになった。「授業中、立ち歩く」「ちょっとしたことで相手になぐりかかる」「自己中心的で、他人の気持ちを考えない」などである。家庭や幼稚園、保育所などでかなりしつけられているはずであるが、学級担任が手余すほどの問題傾向を持つ児童が少なからずいる。

こうした小1の問題傾向から、「小1プロブレム」の言葉が広まりはじめたのである。「中1ギャップ」と対照して使われている。

○スタートカリキュラムの実践

スタートカリキュラムは「小1プロブレム」を解消する方策として生まれたものであるが、単なる問題傾向解消のためのカリキュラムではない。子ども個々が豊かで充実した学校生活の中で、自立した態度を身につけたいという願いをこめたカリキュラムである。

その前提として、安心して学校に来れることである。学校が楽しい、仲間ともよい関係がつくれる、など温かい学級づくりを大事にしたい。また、個々の子どもの生活適応、集団適応、学習適応などについて十分な配慮が必要である。

文科省は、「スタートカリキュラム」を実施することでの効果を3つ示している。(1)安心(子どもに安心感が生まれます)(2)成長(子どもが自信をもち、成長していきます)(3)自立(子どもの自立につながります)――の3つである。3つめの自立は、特に「学びの自立」「生活上の自立」「精神的な自立」を指していて、幼児期にこれらのつながりを経験しているという。そのつながりを小学校がどう受け止め、一層豊かにしていけるかが重要なのである。

以前、「小1プロブレム」が言われる以前は「幼小の段差が大きい」という言い方がみられた。小学校に入学すると、直ちに教科の学習になる。そこで生活経験を生かした緩やかな傾斜をもたらす学習が必要でないかと考えられて社会科と理科を統合した「生活科」が誕生した。「スタートカリキュラム」もそのような意図が大きいであろう。

実のところ、小学校教員に幼稚園などの教育を受け止めて小1の指導を充実したいという自覚があるかと言えば、心細い限りである。文科省の調査に、市町村教委の8割が幼小連携の取り組みをしていないという報告があるが、小学校でも小中連携の声は聞かれても、幼小連携はほとんど聞かれない。

むしろ、子どもの問題傾向をみると、被害者意識で家庭の養育を批判する。学力問題では特に、学力が向上しないのは生活扶助家庭がわが校は2割もいるから、ともっぱら家庭のせいにする校長・教員が何人もみられた。

確かに、子どもの問題傾向がみられることは学校にとって厄介なことではあろう。背景には社会的な要因が大きいという課題がある。しかし、幼児教育を見直す積極的な教育効果が話題になり始めていることに大きな関心を持ちたい。

○幼児教育と「非認知能力」の形成

最近、幼児教育の重要性について関心が高まっている。特にノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・ヘックマン教授が長年の研究から「就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の教育である」という提言は大きな反響を呼んでいる(ヘックマン『幼児教育の経済学』東洋経済新報社2015)。

アメリカで行われたペリー就学前プロジェクトという実験結果がある。経済的に恵まれない3~4歳のアフリカ系のアメリカ人を対象に、毎日平日の午前中に教育を施すなど手厚い指導を行った。そして同時期に教育を受けなかった子どもたちを、40年にわたって追跡調査を行った。当時IQの差はなかった。

ところが、40歳になった時点で比較したところ、ペリーで指導した者たちは高校卒業率や持ち家比率、平均所得が高く、生活保護受給率や逮捕者率が低いという結果が出たという。

このことから、高所得を得たり、社会的に成功するには、幼児教育においてIQなどの認知能力を高めるよりも、学習意欲や労働意欲、努力や忍耐などの「非認知能力」を高めると効果があるとされるのである。

さらに、恵まれない家に育った子どもが将来自立するのが難しいと言われるが、もしも幼児期によい教育に恵まれると将来的に成功する可能性が大きくなるのだから、幼児期に費用をかけるべきだということになる。そうすれば大人になってから生活保護受給率や犯罪が減少することになる。こうした論を受けて『保育園義務教育化』(古市憲寿、小学館2015)という図書が生まれている。

一方、ヘックマン教授の提案に対して異論は当然ありうるが、『幼児教育の経済学』には学者等の反論が何人も載っていて、それに対する教授の再反論もある。本の構成としても興味深いものがある。

ところで、幼児期に非認知能力の育成が大切で将来的に大きな影響力を持つことから、スタートカリキュラムのみならず、学校教育において非認知能力の育成について十分な考慮が必要だと考える。

この「非認知能力」を具体的に言えば、我慢強さ、やり抜く力、自制心、協調性、感謝する気持ちなどである。ところが学校教育はそうした能力をとかく軽視しがちであって、「学力」に傾斜した指導を強化しすぎるのである。

幼稚園や保育所の教育にも格差があって、非認知能力を豊かに育てているとは限らない。そうであれば、学校教育における非認知能力の指導のあり方をどうすべきか、深く考える必要がある。

さらに、最近特に言われている「貧困の連鎖」の課題もある。幼児教育を十分に受けられないまま小学校の入学する児童にどのような指導・支援が可能か、スタートカリキュラムの時点で十分考えたいことである。

その基本の考えは、幼児教育が学校教育の基盤ということだ。そこに教育の連続性を考える必要がある。スタートカリキュラムを学校適応のための視点からのみ捉えないで、成長のプロセスとして考えたい。そのためには学級担任のみに指導を任せないで、養護教諭や栄養教諭なども加わるなど、学校総ぐるみの豊かな教育の場を作りたい。

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