(新しい潮流にチャレンジ)アクティブ・ラーニングの展開

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

今からでも可能な実践方略
○授業はどう変わるべきか

最近、平成27年度の研究紀要が何冊か届けられたが、アクティブ・ラーニングについては認識も実践方略も昨年度とは格段の進展がみられた。次期学習指導要領の実施以前に、かなり普及するのではないかと予測できる。

そこで改めてアクティブ・ラーニングの実践方略について考えるが、その基本は中教審の「論点整理」に端的に示されている次の観点であろう。

(1)習得・活用・探究という学習プロセスの中で、問題発見・解決を念頭においた深い学びの過程が実現できているか。

(2)他者との協働や外界との相互作用を通じて、自らの考えを広げ深める、対話的な学びの過程が実現できているか。

(3)子どもたちが見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか。

文言が長いので要約して、(1)深い学び(2)対話的な学び(3)主体的な学び――とする。

そこで、この3つの観点を授業過程として並べ変えてみると、(3)→(2)→(1)→(3)となる。何よりも子どもの主体的な学びがあり、学習プロセスでの対話的な学びがあり、また課題追究として深い学びに達することが期待される。さらに学習を振り返るメタ認知など再度主体的で確かな学習の確認が必要である。

このような学習プロセスにおけるアクティブ・ラーニングを構想する必要がある。

○学習の課題意識を高める

授業名人に「授業は導入が勝負」という言葉がある。単元の導入でいかに子どもの課題意識を高めるかに腐心する。子どもが課題に興味を示し、自ら追究する意識が高くできれば、主体的な学びに転化できる。

授業の導入で、「今日の授業のねらいはこれです」と板書する例があるが、形式的なだけでなく、課題への情動的な関心や意欲を高めることに欠けている。学習意欲は高まらないであろう。

ある小学校の6年社会科の授業で「文明開化」を取り上げていた。教師は、幕末と明治の同じ場所を示した2枚の絵を見せて「何が変わったと思う」と質問していた。ところが、服装や街の様子の変わったことを教師が2つ3つ説明して教科書内容に移ってしまったのである。驚きであった。

そこで他市の指導計画をみると、単元の導入で「教科書に掲載されている2枚の絵を比較しながら読み取り、この間に社会にどのような変化が起こったかを予想して小単元の学習問題をつくる」と書いていた。これが正当である。小6の歴史学習は当時の人物や事件を頭から覚えこむのではなく、絵などの具体的な手掛かりから、生活や社会、政治などの変化を問題意識を持って読み取ることが大切である。特に導入段階では、小単元の学習問題を自分たちで考える、という学習姿勢を持つことが重要である。

理科の場合はどうか。理科は「教科書をみせると結果が書いてあって、学ぶ感動が無くなるのでみせない」と語る教師が多い。理科は実験や観察など問題解決学習のスタイルが主であるが、そのプロセスの中で教科書をなぞるだけであれば確かに面白くないであろう。

教科書を見ても、なお残る疑問や発見を見いだす単元の問題意識を構成できないものであろうか。「わかっている」という子どもの観念的な理解にくさびを打ち込む教師の導入時における「問い」は重要である。

問題解決学習において「仮説」を持つことが重視されるが、課題に対する多様な見方・考え方について、いわゆる創造的な思考を育てることも重要である。

○対話的な学びの重視

次の課題は、(2)の対話的な学び、である。周知のようにアクティブ・ラーニングが言われた当初から「話し合い」重視の活動と思われて「活動あって学びなし」にならないか、などの批判がみられた。

そこで疑問が湧く。(3)の主体的な学びも、(1)の深い学びも、共に重要で必要な学習行為である。(3)→(2)→(1)→(3)と並べてみると、(1)にたどり着く学習過程が「対話的な学び」でよいのか、という問題が浮かび上がる。

深い学びに導くためには、問題解決過程や実験・観察、見学・調査、あるいは体験活動、ものづくりなど多様な方略がある。そうだとすれば、「対話的な学び」のみがアクティブ・ラーニングの主要な学習活動でないことになる。むしろ、対話的な学びに終始することで、学びの深さが損なわれる可能性すらある。どう考えるべきであろうか。

「論点整理」の(2)の文言を読み返してみる。この文言だけではよく理解されるとは思えないが、対話の対象が「他者との協働」のみでなく、「外界との相互作用」とされていることに注目したい。確かに、実験・観察など先にあげた例は外界との相互作用である。その点で学習過程における多様な外界との取り組みを含んでいるように見える。

実のところ、「対話的な学び」はそれ自身で成立することはない。対話する対象が必要である。学ぶ課題が対象だと言ってよい。つまり、「外界」があって初めて対話が成立し、また深化するのである。「深い学び」に導く「外界との相互作用」が必要である。したがって質の高い学習材が欲しい。

さらに疑問が湧く。「外界との相互作用」であれば、個々の学びでも可能だ。それを敢えて「他者との協働」とした意味は何か。「対話的な学び」は「他者」との交流を重視することで「外界」を多様な視点で課題追究し、思考力等を豊かにする方略が含まれていると考える。他者と外界を媒介にして「深い学び」を成立させたいという意図がある。

○深い学びは達成できるか

アクティブ・ラーニングで目指すものは何かと問えば、「深い学びを獲得するためである」とする答えが返ってくるであろう。あるいは、すべてのアクティブ・ラーニングがそうでなくとも、「深い学び」につながる学習スキルを身に付けることが期待されている。

アクティブ・ラーニングを行えば「深い学び」になるか、は実践が決める。子どもが学習活動の結果「すごく分かった」と言える状況を創りだせるかである。また、そこで学んで得た力が、「何を身に付け、何ができるか」として次の学習に転移したり、汎用性を持つことである。子どもの「メタ認知」を育てることも重要である。何よりも子どもが学んで得た力をさらに新しい課題で活用したいと考えることが大切である。

ただ、アクティブ・ラーニングが目指しても「深い学び」に至らない場合は当然ある。

また、懸念される大きな課題としてアクティブ・ラーニングは子ども主体の活動のために、時間が大きく消費され、従来の学習内容をすべて扱うことが難しくなるのだ。次期教育課程で教科等の内容の「厳選」がどう行われるか、極めて注目されることである。一方で、教科横断が言われているように新たなカリキュラム編成の課題が生まれる。「深い学び」はこれらと密接に結びついている。

ただ、現状においてアクティブ・ラーニングの実践は可能であって、その関心は高く、導入する学校が増加することは確実ではあろう。子ども主体の学習活動の形成に向けて、それぞれの学校が多彩で充実した取り組みを行うことに期待したいと考える。

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