(教育時事論評)研究室の窓から 第12回 “ふくっち” 子どもを受け止める

国立教育政策研究所研究企画開発部総括研究官 千々布敏弥

 

その女の子は家庭で虐待を受けていました。虐待の主はお兄さんです。お兄さんが小学校にいた頃は優等生だったそうですが、中学校に進学してから勉強が思うようにすすまなくなり、そのストレスが妹に向かったようです。その子は虐待を受けていることを誰にも話しませんでした。母親にも、父親にも。お兄さんのストレスの原因が両親にあることを分かっていたからでしょう。先生にも話しませんでした。

でも、担任の先生は分かっていました。クラスで寡黙に過ごしているその子が何か課題を抱えていると感じていました。お兄さんの中学校での様子も情報が入ってきたので、家庭で何かあるはずと思っていました。

そこで登場するのが副校長です。副校長はその子に声をかけて、お話をするようにしました。家庭のことではありません。授業のこと、友だちのこと、好きなこと、苦手なこと、何でもいいのです。そのうちに、その子から職員室に入って来るようになりました。

いつの間にか副校長は「ふくっち」とあだ名がつけられていました。その子と副校長の間でだけ通用するあだ名です。

「あのね、ふくっち…」。やがて、その子は家庭のことをようやく話してくれるようになりました。おさえていた感情が吹き出したのでしょう。その子は、声を上げて大泣きしながら家庭でどれだけのことを経験しているのか話し出したのです。

女の子の告白は、3日間続いたそうです。副校長はひたすらその子のつらい気持ちを受け止めることに専念しました。4日目、「ふくっち、これ見て」と彼女が持ってきたのは、その子が書いたふくっちのイラストです。かわいいネコやウサギの絵に「ふくっち」と書かれていました。

その子が職員室に副校長を訪ねてくるたびに、まわりの先生たちもあたたかく声をかけるようになりました。それから彼女が話すのは、クラスのこと、テレビのこと、明るい話題ばかりになったそうです。「彼女はお笑いのセンスがあったんですよ。今までおさえつけていたものが一挙に花開いたようですね」と後日、副校長が語ってくれました。副校長がその子から引き出したのは、お笑いのセンスだけでなく、精神的な強さだったようです。

それから…、その子は職員室に来なくなったそうです。もちろん、学校には来ています。授業も元気に受けています。その様子を副校長は担任から聞き、安心しています。少し寂しくもあるそうです。

その子のお兄さんとご両親のことが気になる方もいるでしょう。お兄さんもご両親も抱えているものが大きく、それぞれにふくっちのような存在が必要なはずと思います。副校長は中学校にも連絡を取っているそうです。

全国にふくっちはたくさんいます。子どもをあたたかく見守っています。ふくっちは自分がやっていることを話したがりません。子どものことを心配し、面倒見ることは当然だと思っているからです。

今の社会はひずみがどんどん大きくなっています。競争原理で解決する問題もありますが、多くの教師が直面する子どもや家庭の問題は競争原理では解決できないものばかりです。ふくっちのような人が黙って受け止めて子どもを救っています。ふくっちが子どもを見守っているように、先生たちのがんばりを見守る存在が必要だと思います。

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