(本紙編集局はこう読む 深掘り教育ニュース)「ゆとり決別宣言」ミスリードからこそ決別を

馳浩文科相は5月10日、「教育の強靱化に向けて」と題した文書を公にし、見解を示した。本紙は電子版で同日、紙面版では5月16日付で、同文書について掲載した。

一般各紙は当日のネット版やその後の紙面版で「ゆとり教育から決別」「ゆとり決別宣言」といった見出しで、一斉に報じた。テレビ報道も同様だった。

これらの一般報道はしかし、文書の内容を適切に反映したものではない。

■「ゆとり教育」の名付け親

「ゆとり教育」は、平成14年度から実施の学習指導要領で示された授業時数と学習の在り方に対して、マスコミが付けた、いわば通称だ。当時の文部省による名称ではない。

このいわゆる「ゆとり教育」は、昭和55年度、平成4年度、そして14年度実施の各改訂学習指導要領で、授業時数が削減されてきたのを受けた流れの中に位置づけられる。それ以前の「詰め込み教育」―これもマスコミによる―のアンチテーゼとしての「ゆとり教育」というわけだ。このたびの「決別宣言」は、マスコミが自ら付けた通称に、自ら呪縛され形であるともいえよう。つまり、「ゆとり教育」か「詰め込み教育」の対立構造である。

だが、馳文科相が示した文書はまさに、そうした対立構造にこそ「否」と宣言しているのである。文書には、「『ゆとり教育』か『詰め込み教育』かといった、二項対立的な議論には戻らない」と明記されている。

このどこが「ゆとり」からの「決別」なのか。

■「削減はしない」

十歩、いや百歩譲って、「ゆとり決別宣言」に関連しているととれなくもないのは、「二項対立的な議論には戻らない」の後に続く表現だろう。いわく「知識と思考力の双方をバランスよく、確実に育むという基本を踏襲し、学習内容の削減を行うことはしない」と。この「削減」はないとしたところが、「ゆとり教育」の流れから脱する、つまり「決別」だというわけだ。

こんな文章の読み取り方をしていては、国語の読解問題ではアウトだろう。呪縛の力が強すぎて、マスコミは自らと読者をミスリードしているといわざるを得ない。

教員、特に学校管理職は、学校のアカウンタビリティーを果たす上で、この文書を直接読む必要がある。もちろん、多くの教育関係者がそうしているだろうが。というのも、ほとんどの保護者が、一般紙やテレビニュース、SNSやLINEなどから情報を得ているだろうからだ。それらの各種メディアには軒並み「決別宣言」があふれているのだ。その保護者に、正確な情報を伝えるのが、学校の説明責任だといえよう。

■今夏に向けた当面の重点事項

文書の内容を改めて要約すると、「子供たちの未来のために『次世代の学校』を創生し、教育の強靱化を必ず実現すると決意を新たにしている」とした上で、「この夏に向けて取り組んでいく当面の重点事項を掲げた」という。

重点事項は、中教審の教育課程企画特別部会による「論点整理」で示され強調された内容を、(1)学習指導要領改訂による「社会に開かれた教育課程」の実現(2)「次世代の学校・地域創生」の実現――の2点に集約したもの。これには、▽今夏をめどに「審議まとめ」、年内に答申、小学校で平成32年度から次期学習指導要領全面実施▽チーム学校の実現▽地域とともにある学校への転換など、今後のスケジュールと「馳プラン」が簡潔にまとめられている。

また「学習指導要領改訂のポイント」として、ここで問題視した「ゆとり」か「詰め込み」かの二項対立的議論には戻らないが挙げられている。また「アクティブ・ラーニング」が目指す「生きて働く知識」、質の高い理解を図るための学習過程の質的改善、教科・科目構成等の必要な見直し――が述べられている。

次期学習指導要領では、知識偏重型から思考型への質的転換が目指されている。その中でアクティブ・ラーニングなどを実施していくので、学習内容の削減があるのではないかとの憶測が教育関係者の間にあった。これに対して「削減はしない」と懸念を払拭している。

文科省の担当者は、「この文書に、いわゆる新しさはない。重要事項をしっかりと確認するものだ」と語っている。

本紙紙面版の「言葉メモ」には、「決別」と表現するのなら文書の見解を正しく反映させ、「ゆとり・詰め込み対立に決別」とするのがふさわしいだろうとある。情報を正しく吟味し、表現したいものである。

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