(注目の教育時事を読む)第27回 自殺予防教育

千葉大学教育学部副学部長藤川大祐の視点

 

最悪の場合は企図の契機にも
名称にこだわらず取り組みを
◇注目されるが簡単ではない◆

本紙6月20日付紙面(電子版は6月15日付配信)は、「自殺危機でSOS示す力を育む」の見出しのもと、東京都教委が6月14日に、自殺防止教育連絡会を開催したのを報じている。自殺兆候が見られる相手との関わり方、自殺対策において教師が果たすべき役割などが取り上げられている。
まず青少年の自殺をめぐる状況を確認しておこう。

日本では平成10年に自殺者が年間3万人を超え、特にこれ以降、自殺対策は国の重要な課題となっている。近年、自殺者数はようやく減少し、昨年の自殺者数は2万4025人となった。このうち小学生は3人、中学生は101人、高校生は237人であり、小・中・高校生を合わせて341人、自殺者全体に占める割合は1.4%である(内閣府「平成27年中における自殺の概要」)。自殺者における小・中学生の割合は、数の上から見れば小さい。

他方、自殺は10~14歳の死因3位、15~19歳では死因1位となっており、若年層の自殺率は上昇傾向にある(文科省児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議「子供に伝えたい自殺予防」参考資料1参照)。高校生以下の世代の自殺は深刻な問題であるともいえる。そこで、自殺予防教育が注目されることになるわけだが、話はそう簡単ではない。

◆時間捻出と適切な対応に難◇

まず、子どもたちの健康や安全に関する教育として重要なことは他にも多くあり、限られた時間を自殺予防教育にどれだけ配分するかが悩ましい問題である。交通安全、地震対策、誘拐対策、インフルエンザ予防、情報モラル、いじめ対策、薬物対策など、子どもの命に関わる課題はさまざまある。これらに加えて自殺予防教育を行うとなると、準備やフォローアップまでを含めた時間の捻出などが大変である。

さらに自殺予防教育固有の難しさがある。年間2万~3万の自殺者が出ているのを考えれば、身近な家族などを自殺で失っている子どもは珍しくなく、そうした子どもの状況を学校が完全に把握できている保証はない。自殺予防教育として自殺の問題を取り上げることで身近な人の自殺を経験している子どもにつらい思いをさせる可能性がある。

また自殺予防教育が、子どもが教師に自殺に関する相談をするきっかけとなる場合が考えられるが、学校の教師たちがこうした相談に適切に対応するのは困難である。最悪の場合、自殺予防教育がきっかけとなって自殺を企てる子どもが出てくる事態さえも考えられる。

記事でも、SOSの出し方についての教育が紹介されているが、このような教育を行うのであれば、教職員が子どもたちのSOSを受け止められるようになっていることが前提となっている必要があり、仮にSOSを受け止められないのであれば、むしろ自殺の危険性が高くなってしまう。

学校現場では日常、子どもの自殺について話題にするのが忌避されがちだ。だからこそ自殺予防教育が必要だともいえるが、突然自殺を話題にすることについて教師が抵抗を覚えるのは当然だ。他の種類の教育とは異なり、自殺予防教育は慎重に取り組まれるべきものである。

◇無理やり始めるのは無謀◆

自殺予防教育については、文科省の児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議が一昨年7月に出した「子供に伝えたい自殺予防(学校における自殺予防教育導入の手引)」がある。この手引では、自殺予防教育実施前に関係者間で合意形成することの重要性が強調され、子どもから自殺に関わるような深刻な相談を受けることに対する教師の不安を和らげないまま「無理やり自殺予防教育を始めるのは無謀です」とまで述べている。そして、保護者にも教育計画について説明し、同意を取ることを求めている。

関係者の合意を得られれば十分かというと、そうではない。手引は、「適切な教育内容を準備する」ことや「ハイリスクの子供をフォローアップする」ことを求めている。学校がこうしたところにまで責任を負ってはじめて、自殺予防教育を実践することができるのである。

以上をふまえれば、現状で学校が自殺予防教育の取り組みを進めるべきだとはいいにくい。学校が重い責任を負って自殺予防教育を実施したとしても、もともとあまり多くない子どもの自殺を減らせるかは不明である。にもかかわらず、万が一、自殺予防教育がきっかけで自殺を企てる子どもが出てきたら、学校は強く非難されることになる。

自殺予防の取り組みは重要である。しかし、それは自殺予防教育の名のもとで行う必要はない。いじめ防止教育や健康教育を進めることは、結果的には自殺予防につながるはずである。いじめ防止教育や健康教育を進める中で、自殺予防の観点を含めることが検討されるべきである。


注目教育時事本紙ニュース要約
東京都が自殺防止教育連絡会

東京都教委は、都内全公立小・中・高校、中等教育学校、特別支援学校の校長などに向けた自殺防止教育連絡会を6月14日、都立多摩社会教育会館で開いた。自殺総合対策推進センターの反町吉秀地域連携推進室長は、自殺対策の最新動向と効果的な事例として、足立区でのSOSの出し方教育などを説明。参加した校長は、児童生徒の自殺防止に向けた対策や教育への理解を深め、学校での組織的な取り組み強化を誓った。

同室長は「児童生徒の自殺対策の新たな方向性」と題して講演。子どもの自殺のサインでは、疲れや不機嫌などの突然の態度変化、自殺をほのめかす言動、別れの用意、自傷行為などといった行動が現れる点を解説。自殺兆候が見える相手との関わり方では、▽誠実な態度で話しかける▽自殺の思いがあるかはっきり尋ねる▽相手の訴えに傾聴する▽多様な関係機関とつながって安全を確保する――と指摘する。相手と相談する際の心がけでは、▽温かみのある印象を大事に▽「よく来たね」などと援助希求の行動を評価し、支持する▽表層行動の背景にある問題解決を援助する▽「よく言えたね」などと相手のありのままを承認して助言する――などをアドバイスした。

自殺対策で教師がすべき役割では、「誰もが自殺の危機に陥る可能性があるとの前提で、他者にSOSや援助を求めるための具体的なスキルを伝える」点を強調。SOSの出し方教育については、自殺リスクの高い児童生徒だけを見つめるのではなく、「全児童生徒」に実施するのが効果的。ヨーロッパでの研究結果の裏付けもあるとした。

同教育を先進的に推進する足立区では、地域の保健師が講師役を務めながら、区内の小・中・高校で児童生徒の自尊感情を高める特別授業を行っている。教委と衛生部が連携し、授業の指導案も共同作成する。関係機関の幅広いネットワーク構築によって問題に気付き、つなぐ体制も充実している。

授業では「ここまで生き抜いてきたあなたは、大切な人だから、苦しいときは信頼できる大人に相談しよう」とメッセージを伝える。

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