(新しい潮流にチャレンジ)学級経営は充実しているか

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

学級担任の自律性の復活を
○学級経営案が書かれない

最近の学校は新任教員が多くなった。文科省の調査によれば、平成26年度の採用1年目の初任者教員は小・中・高校などで約2万8千人で、過去10年間で1.5倍に増えている。しかも、7割が学級担任になっているという(本紙6月13日掲載)。

学級担任の職務は、特に小学校は授業のみでなく、個々の子どもの生活指導や教室設営などの全般的な仕事を受け持つことになる。文字通り「学級経営」というマネジメント力が必要である。特に4月当初、学校に赴任して直面するのは「学級」である。初任者にとって、もっとも緊張し意識が高揚する場である。子どもたちとの出会いの場を創るのも工夫が必要である。さらに、学級の経営者として、その後の毎日は子どもの個々の学習状況や生活全般についての地道な指導や配慮の積み重ねが必要となる。

ところが、肝心の「学級経営力」を事前にきちんと学べる機会があるかと言えば、お寒い限りである。大学の養成課程で十分行われるとは思えない。ただ初任者研修では、始業式前に初任者を集めて指導の機会を持つ教委があるという。十分とは思えないが、学級担任としての心構えを確認する重要な場になりうる。

ところで「学校経営」についての学校の状況はどうか。以前はそれぞれの学級担任が学年・学級経営案を書いて校長に提出していた。最近はそれもない学校が多いという。作成している学校もあるが、以前に比べると極めて形式的になっているといわれる。

なぜなのか。ほぼ10年前から全国的に人事考課が実施されて、教員個々は「自己申告書」を提出することになった。その申告書には、学習指導、生徒指導・進路指導、学校運営、特別活動などの担当職務の目標と評価が書かれる。

そこで教師は、学級経営案と自己申告書の2つを提出することになる。前者は学級経営としての教師の教育方針を示すものであるが、後者は教師としての実績評価として資質・能力の形成に役立てようとするものである。特に後者は職務の評価として提出する義務である。そのため教師は、学級経営案よりも自己申告書を重視する傾向があるといわれる。

両者は目的や必要性において異なるものであるが、担当職務の目標・内容が重なるところから、多忙を理由に学級経営案をやめたいとする風潮を生んだのである。結果として学級経営案軽視の傾向が進んでいる。だが、そのことは学級経営そのものの軽視につながりはしないであろうか。

○学級経営の役割を見直す

実のところ、学級経営案と自己申告書は活用の度合いが大きく異なる。前者は内容がオープンで、それぞれの学級の活動内容が校内に理解され、協働体制が創られる。学年共同の経営案が作成されるゆえんである。ところが後者は、人事評価であるからマル秘事項である。学級経営案は後者で代替できないものである。

学級経営がオープンでないということは、それぞれの学級担任の教育方針が明確でないため、協働体制が十分でなくなる。学年内で学年・学級経営をどう進めるか、という基本の話し合いは成立しない。したがって若手教員は、見よう見まね、前年度の踏襲、自己流、その場対応の学級経営を行うことになる。

結果として、学級の中の多様な状況への担任の指導がうまくいかなくなる。授業がうまく成立しない、学級がまとまらなくなり「荒れ」が目立つようになる。

実は、「学級経営」の研究がアメリカで誕生した背景は「授業がうまくいかない」という失敗が契機とされたのである。授業がどうしてもうまくいかない。失敗する。そこで、学級の物的、人的、指導の面から考察した結果が「学級経営」として結実したのである。

「学級経営」の基本を考えれば、学校教育の基盤はそれぞれの学級である。学級それぞれが安定し豊かな教育が実施されれば、学校全体が安定し豊かになる。子どもと直接向き合う学級こそが重要である。

しかし、どうすれば安定し豊かな教育が可能になるか。「学級経営」をどう考えるべきか。

私が「学級経営論」に参加したのは、1975年以後で、当時はいくつかの考え方に分かれていた。

例えば、「学級経営」から授業は除き、教室整備などの条件整備のみに限定する考えがみられた。また、特別活動など訓育的な指導までを含める考え方もあった。どちらも「狭義の学級経営論」であった。他に集団づくり論などがみられた。

私は、学級における諸活動を経営活動と教育活動に分離することをやめ、学級を単位とする学級担任のすべての活動を学級経営に包括したいと考えた。「広義の学級経営論」であった(拙著『開かれた学年・学級経営の展開』明治図書、1978)。そこで、「学級経営の領域・機能」を次のように考えたのである。(1)基本的事項(学級目標、子どもの実態・生徒理解、経営計画、組織、経営評価)(2)指導領域的事項(教科、道徳、特別活動、日常生活の指導)(3)経営条件的事項(教室設営、家庭連絡、学級事務)(4)重点的事項(学級での重点的な指導、例えば、学び方指導、合唱、作文・読書指導)

この考え方は今もあまり変わらないが、学級担任が学級を中心に行う職務内容を明確化することで、学級担任の職務遂行を充実したいと考えたのである。

○学級づくりへの回帰は可能か

当時は、私の考えを含めて「学級づくり」と呼ばれることが多かった。学級担任の優れた実践も多くみられた。

その基本は、自分が担任する学級をどう変容させるか、という担任教師のビジョンや方略であった。このことは極めて重要である。例えば当時、次のような実践がみられた。新しい学級を受け持ったN教諭は、(1)まず子どもをつかもう(2)人間的な交流を深める(3)問題意識や集団意識を育てる(4)学級の文化活動に参加させる(5)学力を高める(6)父母と結びつく、という6つの視点を持ち、それぞれを充実させる努力の中から実践記録をまとめている。当時、学級づくりにロマンを持つ教師はみられた。学級通信を毎日のように出す教師もいた。

学級経営は、校長がビジョンに基づく学校経営に意欲を持つように、学級担任もまた学級を豊かな教育実現の場にしたいと考えて努力する。その自律的な教師の在り方が最近は低下しているのではないか。

特に、若手教員が多くなっている学校の現状では、学級づくりという教育のロマンを感じ取れる教育実践の真摯な取り組みを体得できる教育環境が必要なのではないか。

そこで初任者研修のテキストをみると、学級経営の大切さを詳しく述べている例がある。例えば、さいたま市教委のテキストは最初に「学級経営」を取り上げていて、「学級経営案の活用や作成」「学級経営と学年経営」「学級経営の実際と工夫」が示されている。

学級経営は、初任者が取り組む指導上の要であって、子ども理解、集団づくり、日常の指導、保護者との連携など、担任として配慮すべきことは多く、しかも具体的に対応すべき事項である。学級担任が、じっくりと「おらが学級」に思いをめぐらし、今日一日、一人ひとりにどう対応できたか、を省察できる余裕を持ちたいものである。学級経営重視の学校経営を改めて考えたい。

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