(教育時事論評)研究室の窓から 第15回 アクティブ・ラーニングの試み

国立教育政策研究所研究企画開発部総括研究官 千々布敏弥

 

教員研修で三択を課題に議論

ある県の研修会でアクティブ・ラーニングの模擬授業を拝見した。

まず、参加者のテーブルに凸レンズが配られた。発問は「凸レンズを蛍光灯に向け、紙に蛍光灯から出る光を集めるとどうなるでしょうか」。選択肢が3つ示される。

「ア.光が1点に集まる」「イ.ぼやっとして形にならない」「ウ.蛍光灯の形に光が集まる」

まず参加者に予想させた上で実験した。紙の上に蛍光灯の形が浮かび、会場にどよめきの声が広がる。そこで次の発問だ。「凸レンズを外に向け、外の景色の光を集めるとどうなるでしょうか」。やはり選択肢は先ほどの3つ。

ここでワークシートが配られる。シートの下段には「虫めがねで蛍光灯の光を集めると、蛍光灯の形に光が集まった」と書かれている。講師から板書で「これは」「そして」「しかし」「すると」「ということは」「ゆえに」の接続詞が示される。これらを使って、自分の推論を説明する文章をチャート図として作成するのが、本時のメーンの学習活動である。

「虫めがねで蛍光灯の光を集めると、蛍光灯の形に光が集まった」→〈これは〉凸レンズに光源の形を映す機能がある。〈そして〉外の景色の光の元は太陽だ。〈ということは〉太陽光と同じように光が集まるはず。〈ゆえに〉「ア.光が1点に集まる」

「虫めがねで蛍光灯の光を集めると、蛍光灯の形に光が集まった」→〈これは〉凸レンズに光源の形を映す機能がある。〈しかし〉景色は自ら光を出さない。〈すると〉凸レンズに光は届かない。〈ゆえに〉「イ.ぼやっとして形にならない」

「虫めがねで蛍光灯の光を集めると、蛍光灯の形に光が集まった」→〈これは〉凸レンズに光源の形を映す機能がある。〈そして〉景色が光源の役割をする。〈ゆえに〉「ウ.景色の形に光が集まる」

いずれの推論を説明する過程でも、論理的思考力が発揮されている。自らの根拠ある推論をもとに、同じテーブルの参加者と議論し、最後に実験で検証する。景色の像が紙に映るのを見て、先ほど以上の驚きの声が広がる。最後にこの原理を使ってカメラが作られているのが解説されると、皆納得の顔をしていた。

この授業は、旧来のスタイルであれば、ア~ウの選択肢を示すことなく子どもの自由な予想に任せ、出てきた予想の検証の方法を子どもに考えさせただろう。実験の結果の解釈の仕方も全体討議で深める余地があるはずだ。あえて3つの選択肢を示して選択させたのは、子どもが自らの推論を友だちに説明し、議論になるのを意図している。

この授業の強みはどこか。最初に3つの選択肢から選択させることで生徒の立場の違いを明確にし、議論を喚起するところにあるのか。自らの考えを説明するのに思考ツールのような枠組を示して説明の論理を構築させるところにあるのか。それとも蛍光灯や景色を凸レンズで焦点化するとどう映るかという学習課題にあるのか。

講師に聞いたところ、この授業の発想は仮説実験授業の会にあった。それに現在学習指導要領改訂に関して議論されている資質・能力の育成とアクティブ・ラーニングの要素を加味してこの授業スタイルを考案したという。

中教審はアクティブ・ラーニングを「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」で説明しようとしている。この授業は確かに三要素が含まれているものであった。だが、あえて問いたい。何が最も重要か。

教員研修でこの三択を課題に議論させると面白い研修になるだろう。「深い学び」が多数を占めるのは容易に想像できる。そこで次の発問「それで今までと何が変わるのか」。その答えの1つが上記の授業といえるか、別の授業の流れとしてどのようなものが考えられるか。私が講師を務める今夏の研修では、これで議論していただこうと思う。

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