(新しい潮流にチャレンジ)いじめに向き合う教育を

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

心の内奥に迫る命の大切さ
○繰り返され・多発するいじめ

いじめ問題は繰り返し大きな課題とされている。平成27年度のいじめ認知件数は22万件と過去最高を記録した。それぞれの学校がいじめ撲滅のために努力していると考えるが、それでも異常に増加するのはなぜか。

指導が確実に行われれば減少するのが当たり前と思うが、いじめ問題の取り組みは効果がないのであろうか。10月の文科省の有識者会議では「いじめの認知件数が少ない都道府県に対し、文科省が個別に指導する」という提言がなされた。もしかして認知件数が少なくなったのはいじめ対応に効果を上げた結果ではないか、と考えるがどうなのであろうか。むしろ、どうすればいじめ対応が効果的か、その視点で具体的に調査し、その結果を公開して広く活用してはどうかと考える。

実は、有識者会議の提言案を10月25日の朝日新聞朝刊の「いじめ対応『最優先業務』」というトップ記事で読んだ。その提言は主に8つの項目として掲載されていたが、私が不思議に思ったのは、その提言案の中にいじめ問題で極めて重要な子供が学ぶ人権問題やいじめの取り組みについてなかったことである。

その案とは次である。

▽いじめの認知件数が少ない都道府県に対し、文科省が個別に指導する
▽学校ごとに常設する「いじめ対策組織」に弁護士や警察官経験者ら外部人材の参画を進める
▽いじめの情報共有が「いじめ防止対策推進法」に基づく義務であることを周知する
▽生徒指導専任教員を置いたり、部活動の休養日を設けたりして教職員の負担の軽減を進める
▽教職員の日常業務において、自殺予防、いじめ対応を最優先事項に位置づけるよう促す
▽LINEなどSNSによるいじめの具体例を示し刑法上の名誉毀損罪や民事法の損害賠償請求の対象となりうるのを知らせる取り組みを進める
▽自殺や不登校など「重大事態」の調査の進め方(第三者委員会の人選、調査方法など)についてガイドラインを作成する
▽第三者委員会の報告書をデータベース化し、再発防止につなげる

また当初の提言案では情報共有を怠った学校の教員に対し「地方公務員法上の懲戒処分となりうることを周知する」とあったが、教員の萎縮や反発や懸念の声があって、表現が再検討されることになったという。当然である。問題は依然として減少しないいじめ件数である。これまでもさまざまないじめ指導についての方策が考えられてきたが、減少しない実態を早急に論議すべきではないか。

○いじめに正面から向き合う

ところで、道徳の時間が変わる。従来までの読み物資料などで心情に訴える指導から、課題について考え、論議することに変わる。大きな前進だといってよい。
その道徳が変わる契機になったのが教育再生実行会議の「いじめ問題」であった。松野文科相は11月18日の閣議後会見で「いじめに正面から向き合う『考え、議論する』への転換に向けて」というメッセージを発表した(本紙11月24日付)。

その中で教員に向けて「道徳科では、いじめに関する具体的な事例を取り上げ、児童生徒が考えて議論するような授業を積極的に行ってほしい」と呼び掛けている。

子供個々がいじめ問題に向き合い、考え、仲間たちと学び合うのは、単にいじめを校内になくすこととは異なる。いじめのない学校はみられるが、今はなくとも、将来いじめに遭遇するかもしれず、その対応力を身に付けるのは重要なことである。具体的ないじめの事例から多くを学ぶことで自己の生き方への大きな示唆が得られる可能性がある。

学校でいじめ問題が取り上げられて数十年過ぎた。いじめ件数は依然として高い。いじめが理由の自殺も多い。

一方、いじめをなくす取り組みが児童・生徒会を中心に行われている例がある。11月19日には全日本中学校特別活動研究会(会場・東京都墨田区立本所中学校)でいじめ問題についての生徒会サミットがあり、都公立中学校180校の生徒会役員が参集し、全体会、分科会でいじめ撲滅への実践報告や取り組みについて熱心に論議された。

「子供の人権は子供が守る」意識を高めることが必要で、道徳科においていじめ問題を正面から取り上げることの大切さである。しかし、子供自身はいじめに対してどう考えているのであろうか。突然起こるいじめ問題にとまどう教員も多いのではないか。

そこで全国学力・学習状況調査の質問紙調査からいじめ問題を探ってみた。子供はいじめをどう考えているのであろうか。質問事項に「いじめはどんな理由があってもいけないことだ思いますか」があって、今年度の全国の傾向であるが、「当てはまる」は小6年生83.1%、中3年生74.8%、「どちらかといえば当てはまる」は小13.5%、中18.8%であった。それに対して「当てはまらない」は小1.0%、中1.9%、「どちらかといえば当てはまらない」小2.4%、中4.5%である。

「当てはまらない」の合計は小3.4%、中6.4%である。このように回答した子供は、なぜ「当てはまらない」と考えたのであろうか。道徳の時間にいじめ問題を具体的な例などで取り上げることで、その判断傾向に変化が生じるのではないか。また、その考えからいじめ否定の子供たちもまた、いじめを深く考えることができるのではないか。

実はある小学校に一人だけ「どちらかといえば当てはまらない」という子供がいた。この子供は極めて成績が優秀で国語A、算数Aは1問のみ不正解。国語B、算数Bもかなりよくできていた。しかも学校以外の勉強も他に比べてかなり少なくてこの成績である。

そこで他の項目をみてみると、「家の人と学校の出来事について全く話していない」し、「先生は自分のよいところを認めてくれていない」「テレビや新聞のニュースを全くみない」「授業中わからないことがあったら自分で調べる」という。だがなぜ、いじめに肯定的なのであろうか。子供の心の内奥に迫る指導は可能であろうか。
いじめに正面から向き合うことの大切さである。考え、議論する道徳を重視したい。

○いじめの事例に学ぶ

一方、依然としていじめによる自殺などがなくならない。最近、福島からの原発避難児童をバイキン扱いにしさらに金銭まで強要する事例が横浜市などで明らかになった。

そこで思い出すのが平成6年に起きた名古屋市の中学生いじめ自殺事件である。被害生徒はいじめの実態を記した長文の記録を残して死んだ。仲間4人からいじめられ、殴られ、多額の金銭を強要され、使い走りをさせられたり、田んぼの真ん中に裸で立たされたりした。また、決定的だったのは川に連れていかれ、水中に顔をドボンされたことである。このいじめから逃げられないと考えたとき、死を決意する。

この生々しい証言は当時世間に大きなショックを与えた。私が特に記憶するのはこの事件を中心に『いじめ指導マニュアル』(教育開発研究所、1995)を編集したからだ。当時の状況を出版社の編集部がまとめたり、いじめに関する多様な課題について多くの識者や教員が書いてくれた。

学校は被害生徒がグループの仲間だと考え、内部でいじめが進行していたことに注意を向けていなかった。学校の甘い判断があった。

最近の横浜市の場合は、被害者の生徒が「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」と手記にし記している。生きる勇気を持ち続けてほしいと願うばかりである。

いじめ問題は、子供個々が人権を基盤にした「一人ひとりの命が大切」「いじめは犯罪である」と自覚することにある。その自覚をどう身に付けるか、子供の心の内奥に迫る指導の在り方が求められると考える。

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