(教育時事論評)研究室の窓から 第20回 教育におけるイノベーション

国立教育政策研究所研究企画開発部総括研究官 千々布敏弥

 

束ねる価値観の共有がまだない

産業界におけるイノベーションを巡る定義は複数あるが、おおむね既存の技術の漸進的改善によって達成される持続的・漸進的イノベーションと、根本的な技術や価値観が異なる急進的・破壊的イノベーションに分類されている。

この枠組みで最近進行しつつある初中教育の改革を俯瞰してみよう。

イノベーション理論で日本の戦後教育改革を見直すと、国民に教育を受ける機会を提供すること、そのための条件整備という価値が共通してきたという文脈において、漸進的イノベーションであったといえよう。

一クラスの児童生徒数、教員や職員の数、研修の機会、ICT機器などは量的に少しずつ改善されてきた。それによって多くの国民が恩恵を受けるようになっているし、多くの教育行政官がそのことに自負を抱いている。しかし、漸進的イノベーションでは対処できない社会のひずみが大きくなりつつあり、急進的・破壊的イノベーションの要請が教育行政に押し寄せているのが現状である。

現下の初中教育行政が取り組んでいるのは、学習指導要領改訂、教員養成、現職教育改革、高大接続改革である。加えて多様な教育機会を確保する法律が成立している。これらの改革に共通するのが、制度がよって立つ価値の変化である。

学習指導要領は教育内容の最低基準としての性質がうたわれてきた。昨年暮れに出た中教審答申ではアクティブ・ラーニング、カリキュラム・マネジメントがキーワードとして登場し、教育方法と学校経営についてまで規定するようになっている。最低基準の立場をとらなくなったわけではないが、教育方法や学校経営にまで言及しないと新しい教育課程の理念を表現できなくなったということだろう。

昨年成立した教育公務員特例法改正は、十年経験者研修を中堅教諭等資質向上研修に変えた。法改正を提言した中教審答申は、その意図を免許更新講習が十年経験者と重複しているため、中堅教員研修に代えるとある。免許更新制度は、教員養成段階で教授した知識内容を10年ごとにリニューアルするのを目的としていた。十年経験者研修は個々の能力、適性などに応じて、教諭等としての資質の向上を図るのを目的としており、目的が異なるという理由で、採用後10年目の教員に十年経験者研修と免許更新講習を課してきた。それを一昨年の中教審答申は、研修と更新講習の重複受講が教員に負担となっている点を直視し、教員の負担軽減とミドルリーダー教員の育成の必要性を掲げた。

やはり、昨年成立した義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律は、不登校児童生徒が適応指導教室やフリースクールで就学するのを行政が支援することを定めたものである。当初の法案は、子供が学校以外の場で学習することをもって就学義務を履行したものと見なすとしていたため、不登校を助長するとの批判を受け、現行学校教育法の枠内で不登校児童生徒への支援を定めることとなった。

国の審議会答申の序文は必ずといっていいほど時代の変化に言及する。以上の新しい流れは確かに時代の変化に対応したものといえるのだが、これまでの文教行政と異なる価値に依拠している。学校教育法が定める公立学校の枠組みになじまない子供が多様な教育機会を受ける権利を獲得すると、既存の公立学校に通う子供へのサービスが低下する可能性がある。講義一辺倒の授業を変えようと国の基準を変えると、教員の創意工夫の余地が狭まる可能性がある。これは制度や技術の問題ではない。価値の問題だ。

現下の改革は既存の価値に替わる新たな価値を根拠にしている、破壊的イノベーションに属する改革である。新たな価値とは現実だ。現実的な問題に対処するための改革だから、支持は大きい。だが、それらを束ねる大きな価値観の共有がまだできていない。

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