(本紙編集局はこう読む 深掘り教育ニュース )意図せず言外に学びの重要性

大統領就任演説引用の一節で

ドナルド・トランプ米国第45代大統領の就任式が、1月20日に行われた。本紙では、同政権の教育長官人事などから、比較的に都市部に有利になってしまう学校選択制への動きや公教育への風当たりなどについて、教育コメンテーターの小松健司氏に解説記事をまとめてもらった(電子版1月24日付、紙版1月30日付掲載)。ここでは、就任式で語られた一節を基に、誰も論評していない異文化理解の視点と、そこに潜む学びの重要性について深掘りする。異文化への理解不足からくるテキストの誤読によって生じる、少々やっかいな問題である。

■テキストの意図的な異読

就任直後、トランプ大統領は立て続けに大統領令に署名。中でも、▽メキシコとの国境に高さ12メートルのコンクリート壁を3200キロにわたって築く▽シリア難民の入国を禁じ、中東とアフリカのイスラム教国7カ国からの入国ビザ発給を90日間中止するなどへの反対は強い。

1月30日には、難民・移民の入国を制限する大統領令は合法と容認できず、政府を弁護しないよう司法省弁護士らに指示したサリー・イェーツ司法長官代行が解任された。自らの見解を明らかにした、わずか1時間後に、である。同氏はオバマ前政権下で司法長官を務め、新政権となり、代行を務めていた。共和党のジェフ・セッションズ上院議員が長官に承認される見通しになっていたので、解任は時間の問題だったが。

これらに関するコメントは他に譲るとして、ここで取り上げるのは就任演説で唯一引用された聖書の言葉である。旧約聖書詩編133編の冒頭の一節である(旧約聖書との名称はキリスト教独自のもの)。この一節をもって全体を論ずる愚を犯すつもりはないが、異文化理解と国際理解教育の視点からは、やはり外せない。

トランプ大統領が、国民の団結を呼びかける文脈で引用したその一節とは——。

「神の民が一体となって暮らすのは、何と素晴らしく喜ばしいことでしょう」(”How good and pleasant it is when God`s people live together in unity.”)

分断をあおった本人がこれを語るのは、諧謔か。原語はヘブライ語である。「ヒネー・マー・トーヴ・ウマー・ナイーム・シェヴェト・アヒーム・ガム・ヤハッド」。直訳すると、

「見よ、なんと良く(美しく)、なんと楽しい(心地良い)か。兄弟が座っている(住んでいる)、しかも一つとなって」

英訳と原典では、ニュアンスが異なる。時代と文化性の制約から、原典では男性名詞の「兄弟」が、演説ではジェンダーフリーの「人びと」になっている。意図的な異読である。

■理解不足による誤読

演説で「暮らす」(live)と英訳された原語「シェヴェト」にはその意味もあるが、ユダヤ教の伝統では異なる状況を表す。そもそも「座っている」のがなぜそんなにうるわしく、心地良いのか。それは「座している」がユダヤの文化では「学んでいる姿」を表しているからだ。一堂に会して共に学ぶ姿、共に何かを発見し、共に新たな知見、行動の指針を得る。それを指して「なんと良く、なんと楽しいか」と詩編は詠っているのである。こうした意味合いは、一般にはあまり知られていない。

学びを大切にするユダヤの生が表現されているのである。

■誠実に異文化と向き合う

テキストは往々にして、自分が属している集団が読みたいように読まれてしまう。そこに、異文化に対する至らない理解や知識、ときには偏見が動員される。これによって、テキスト本来の意味や意図にバイアスがかかる。不十分な理解や抱いている先入観を自覚するのはたいへん難しいので、テキストの誤読はなかなか意識できない。こうしてテキストは骨抜きにされ、本来の意味は色あせ、やがて、しぼむ。ときには正反対の意味に使われてしまう。

もし、この詩編が詠うように、皆が学び始めたならば、為政者の危うさが露わになるかもしれない。新大統領は、自ら引用した言葉に足下をすくわれるかもしれない。イスラム教国からの入国停止措置にも、異文化への至らぬ理解や配慮のなさ、偏見が底流しているといえそうだ。

国際理解教育では、異文化はどこまでも異文化である感性を大切にしなければならない。分かったつもり、理解したつもりが最も危ない。異文化理解で最も大切な態度の1つは、異文化に対する誠実さと学びだといえよう。民主主義の質、民度の高さを保障するのも、詩編が詠うように学ぶ営みしかない。新大統領は、意図せず、教育の重要性を言外に語ったわけである。

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