(新しい潮流にチャレンジ)校長のリーダーシップの課題

eye-catch_1024-768_takashina-challenge教育創造研究センター所長 髙階玲治

「成果」を目指す経営方略
○わが国の校長の満足度が低い

次期教育課程への移行が近づいている。教育の課題は、中教審論議から実施主体である学校のあり方に移る。果たして学校は新学習指導要領の理念や内容を具現化できるであろうか。

実は、極めて気になるデータがある。OECDが2014年に公表した国際教員指導環境調査(TALIS)の報告である。この調査内容に、「日本の中学校長の満足度が低い」という結果が示されているからである。

この調査は周知のように、わが国の中学校教員が調査国中、勤務時間が最も長いということで極めて大きな関心をもたらした。結果として最近教員の職務改善の動きが加速しつつある。

また、一方では「日本の教師『自信』最低」と言われた。例えば、生徒への指導のあり方として、「生徒に勉強ができる自信を持たせる」17.6%であった。ところが参加国平均は85.8%である。驚くべき格差であった。ブラック部活動がいわれている現状で授業がなおざりになってはいないか。

わが国の「授業改善」のあり方は優れているとして、各国から極めて注目されているが、実態は多くの課題を抱えている。今後、カリキュラム・マネジメントの進展によってどう改善されるかである。

ところでTALISには、この他の大きな課題としてわが国の中学校長の満足度が調査国の中で最低という結果が示されている。それにもかかわらず、わが国ではほとんど問題視されていない。

その調査とは、校長の「現在の職場環境に対する満足度」であるが、「現在の学校での自分の仕事の成果に満足している」日本の校長は59.8%で各国(平均は94.5%、以下同じ)に比べて最低であった。校長という職業についての満足度も低い。「校長の仕事は、悪いことより、良いことの方が明らかに多い」は61.1%(83.3%)、「もう一度仕事を選べるとしたら、また校長になりたい」は61.2%(86.9%)である。

なぜ、このように日本の校長の満足度は低いのであろうか。そこにわが国の学校経営の大きな課題がありそうである。

○「成果」に言及しない校長体験談

校長調査の他の項目をみると、「学級内の規律の問題を教員と協力して解決した」33.2%(68.2%)、「授業を観察した」66.8%(49.0%)、「新たな指導実践を開発するための教員間の協力を支援する取り組みを行った」

33.9%(68.6%)、「教員が担当する生徒の学習成果について責任を感じるよう具体的な取り組みを行った」32.6%(75.5%)であった。つまり、「授業を観察した」以外、全て各国に比べて低く、最低のものもある。

なぜこのような調査結果なのか、また、なぜわが国の校長の満足度は低いのか、十分な検討が必要である。ただ、この結果からだけでもさまざまなことが推測できるが、基本的な課題と考えられるのは、最初の質問項目の「現在の学校での自分の仕事の成果に満足している」にみられる、この項目の「成果」の言葉に注目したい。

「経営者とは成果を上げる人である」と言われるが、各国はほぼ95%の高さに対して、日本の校長は6割程度である。「成果」についての確信度が低い。ただ学校では、よく「成果を上げる」という言い方がされる。学習指導の成果、生徒指導の成果などの文言を、学校の重点目標に掲げる例は多い。しかし、最終的に成果を上げたかどうか、という具体的な内容は示されないままである。

実は最近、ある研究紀要で校長の体験談を読んだ。それを読むと、校長として実に多様なことを考え、実践に生かそうとして教職員に働きかけていることがよくわかる。校内の人間関係の形成もよく行われている。頑張っているな、という印象は極めて強い。

ただ、読んで気が付くのは、2年なり3年なりの校長在職期間において、どのような「成果」を上げたかが見えないのである。

例えば、私が提唱している学校改善のためのRV・PDCAの手法が語られている。単なるPDCAではなく、学校の実態や課題をリサーチ(R)し、改善に向ける方向をビジョン(V)として掲げ、それをPDCAにつなげる経営方略である。
体験談は、その手法についての記述がみられる。しかし、実際に何を行ったかという具体的な成果の内容は語られない。なぜであろうか。

その端的な要因は、学校の場合、「成果」が極めて曖昧であるということである。学校は学習指導要領を順守し、与えられた教科書どおり授業を行えば、確実に当該学年に必要とされる「力」を個々の子供に形成できる、という「成果」への暗黙の了解がある。

しかし、それだけで校長は満足しているであろうか。在職期間に何らかの「成果」を上げたいと考える校長は多いのではないか。そうであれば、学校経営の「成果」を示す方略を明確化する必要がある。それが学校力を高め、校長の「経営成果」の満足度を高めることにつながるであろう。

○「成果の見える化」は可能か

学校教育の「成果」が十分に示されないままに年度が過ぎる。いわば、大過なく終えるという実態から脱却するために、年度の目指すビジョンを掲げ、それを達成するために努力する。また、達成の程度が外部に説明できるほどに、「成果の見える化」を果たすようにする。学校経営の成果は語られることが少なく、校長の満足度も低いとされるが、「成果の見える化」は難しいであろうか。

例えば、次年度から始まる移行期における学校の教育課程編成は確実に行うことができるか、という差し迫った課題がある。形式的に移行を考えるのではなく、新学習指導要領の理念を生かそうとすれば、必ずしも容易ではない。また、日常の実践につながるカリキュラム・マネジメントや「主体的・対話的で深い学び」に基づく授業の理解・徹底はいっそう難しい。

しかし、年度の終わりに「ここまでやり遂げた」と共通認識できる体制が必要である。

TALISの調査項目にみられる「学級内の規律の問題を教員と協力して解決した」「新たな指導実践を開発するための教員間の協力を支援する取り組みを行った」「教員が担当する生徒の学習成果について責任を感じるよう具体的な取り組みを行った」などは3割程度であったが、このような具体的な取り組みもまた「成果」に結びつくだけでなく、校長としての満足感につながる可能性が大きい。

次期教育課程の実施は、校長のリーダーシップが今まで以上に求められることは確かである。経営者としての成果を求める姿勢を一層重視すべきである。

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