(本紙編集局はこう読む 深掘り 教育ニュース) 多様な教育 多様な人材

深掘り 解説委員 鈴木教育新聞特任解説委員 鈴木 崇弘(城西国際大学大学院教授)

さまざまな選択肢を
■教育機会確保法は「前進だが、十分ではない」

不登校の子供の支援を目的とした教育機会確保法が、昨年12月参院を可決し、今年2月に施行された。同法には、基本理念として、「不登校児童生徒の多様な学習活動の実情を踏まえた支援」が記され、不登校の子供に対する「休養の必要性」や、学校以外の学習活動の重要性が明記された。

そして、国や自治体はそれらの子供への教育機会の確保のために財政支援に努めること、義務教育を受けられなかった人に対して自治体が夜間中学等の措置をとること、不登校特例校や教育支援センターの整備等が、具体的取り組みとして明記された。

これまで、不登校の子供に対する対応が不明確であったことに対して、一歩踏み込んだといえる内容だ。他方、フリースクール(注1)や不登校の子供の支援などを推進する立場からは、同法は、それらのスクール・支援の根拠としては、最初の一歩として前進だが、十分ではないと主張されている。

■ハイブリッドスクーリング

そのような中、「ハイブリッドスクーリング報告会」に参加した。参加者は民間で教育に関わる方々約20人だった。

同報告会のメインのイベントは、すでに就学期になっているが、自分の子供を一般的な形では学校に通わせていない家庭の報告が2つあった。

親は、決して子供をネグレクトしているわけではない。学校や教育委員会と相談したり、連絡調整をしたりして、普通の親以上に子供の教育を考え、家庭内で教えている。時には(時間限定で)学校に通わせたり、学童保育なども活用したりして、子供たちがさまざまな形や方法で学び、成長する機会を与えている。

さらに住居地域を巻き込み、家庭内にさまざまな国や仕事の方々が来て、彼らが子供たちの「先生」になる場や機会もある。

このような教育には、子供の適正、親が十分に子供に愛情をもって育てること、そのための環境が必須だと感じた。つまり職住が離れ、核家族で夫婦共稼ぎなどの場合、このような環境を創るのは、今の日本では難しい。

そして、これらの事例は、先述した「フリースクール」などとも異なる、別の教育法というか、教育環境なのではないかと思う。

なお、筆者は、このような個別事例を全ての家庭に当てはめたり、美談にしたりするつもりはないが、どちらの家庭の子供たちも生き生きしていて、誰にも物おじせず、楽しそうにはつらつとしていたことは、明記しておきたいと思う。

■より多様な選択肢

非常に限定されてはいるが、このような事例と先述した教育機会確保法とを考えると、その根本において、大きな発想の違いがあるように感じる。

同法は「学校(に通学すること)」が正当という前提(注2)

他方、先述の事例から分かるのは、教育には実はさまざまな方法やチャンネル、機会があり、学校に行くのはその一つに過ぎないのではないかということだ。

社会はこれほど多様になり、変化が激しくなってきている。そのため、多様な人材や多様な価値観が叫ばれるようになった。そのような中、教員と生徒という、これまでの画一的な枠組みの学校(注3)の有効性はもちろんあるが、教育においても、より多様な選択肢(その中には学校教育も含む)があってもいいのではないかと考える。

多様な教育の方法や機会があってこそ、多様な人材や多様な価値観が生まれるのではないだろうか(注4)

◇ ◇ ◇

(注1)フリースクールもさまざまで、「従来の学校教育の枠にとらわれず、子供の自由と自主性の尊重を原則とする学びの場。(中略)日本では、ニールやルドルフ・シュタイナーなどの思想を学んだ人たちが既存の学校教育とは異なる教育を目指して設立したものと、深刻化した不登校に対応するために親たちの手で任意に設立されたものとの二つの流れがあり、1980年代後半から急増した。(中略)文部科学省はフリースクールに通った日数、インターネットで自宅学習した日数を学校の出席日数として認めた。2001年にNPO法人フリースクール全国ネットワークが設立された」(出典:ブリタニカ国際大百科事典小項目事典)
(注2)社会性を学んだり、最低限の基礎を学ぶ等の点では、学校は効率のいいチャンネルだ。だが、排除性や学校コミュニティーの問題もある。WEB教育等の活用の補完対応なども考えられていいのではないかと思う。
(注3)ミネルヴァ大学、ミレニアム・スクール、WEBなどを活用したMOOCやカーンアカデミー、反転授業やアクティブ・ラーニングなどの新しい教育の試みも生まれている。
(注4)その場合、それらがうまく機能するさまざまな仕組みやインフラを構築する必要はある。

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