(新しい潮流にチャレンジ)非認知能力の形成を強化する

eye-catch_1024-768_takashina-challenge教育創造研究センター所長 髙階玲治

成長につなげる資質・能力の形成
〇幼児教育の完全無償化の背景

衆議院選挙が終わった。各党が掲げた公約に3~5歳の幼児教育の完全無償化がみられた。特に自民党は消費税増税の一部をそれに向けたいと意気込んでいた。

実のところ、政府の教育再生実効会議の第8次提言(29年5月)で幼児教育無償化に言及している。しかし、国の財源が限られている中で幼児教育無償化が可能なのか、また将来の成長にとって有意義なのか、という疑問の声は当然ながらみられた。

今後、さらなる論議が行われると考えるが、幼児教育無償化には、それを可能にする積極的な背景が存在した。それは第8次提言に中でも明確に指摘されている。

それは、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・J・ヘックマンの研究に依拠していることである。「質の高い幼児教育の実施が、将来の所得向上や、生活保護受給率の低下等につながったという結果が示され、その費用対効果は、3・9~6・8倍になったという試算例があります」と記述されている。

つまり、将来において賢い労働者が増えれば、生活保護受給率や犯罪率が減って、逆に税収が増える。福祉にお金があまりかからなくなる。

ヘックマンの研究の内容は、この欄でも何度か紹介したが、極めて高い結果であったことは確かである。

ヘックマンは、アメリカで起きている不平等に言及し、「恵まれない環境に生まれた子供は、技術を持たない人間に成長して、生産賃金が低く、病気や十代の妊娠など個人的・社会的な様々な問題に直面するリスクが非常に高い」といい、しかし、「適切な社会政策を施せば、技能労働者と単純労働者との両極化を阻止できるのだ」と断定する(『幼児教育の経済学』ヘックマン著、東洋経済新報社、2015)。

このヘックマンの提言こそ、幼児教育の社会政策重視として極めて大きな影響を与え続けている。

〇非認知能力形成に向けて

重要なことは、ヘックマンが社会政策策定のための3つの教訓について述べていることである。

1つは、人生で成功するために、認知的スキル(IQテストや学力検査、PISA調査など)ばかりが注目されているが、非認知的な性質(肉体的・精神的傾向、根気強さ、注意深さ、意欲、自信などの社会的・情動的性質)もまた社会的成功に貢献しており、それは学力テストにも影響する。

2つは、認知的スキルも非認知的能力も幼少期に発達し、その発達は家庭環境に左右されるが、そこでは生活の質が基本的な問題であって、両親がそろっているかどうかや、親の収入や学歴は2次的なものである。

3つは、幼少期に力を注ぐ公共政策によって問題を改善できることである。それは成長後の対策費用を軽減できるとする。

ただ、そうした社会的な政策については、ここでは深入りしない。今後の政策に期待したい。

課題にしたいのは、幼児期に育てたい非認知能力についてである。すでにわが国でも研究が始まっている。例えば、本紙の拙稿で紹介した鳴門教育大学とお茶の水女子大学の研究がある(10月2日付)。

また、京都教育大学の古賀松香准教授による「『非認知の力』と新幼稚園教育要領」(『初等教育資料』2017年9月号)の解説がある。

これらは、いずれも幼児期のものであるが、その後の成長段階における非認知能力の形成をどう考えるべきであろうか。

実は極めて重要な問題提起がヘックマンによって行われている。それは膨大な文献を検索した結果として、「認知的スキルは11歳頃までに基礎が固まる」とされていることである。このことは、中等教育や高等教育では、幼児教育のような効果は期待できないということである。

この問題をどう考えるべきであろうか。ヘックマンは「幼少期の環境を豊かにするという恩恵を受けられずに思春期に達した恵まれない子供のためには、どんな方針が効果的か」として次のように述べている。IQや問題解決能力を高めるのははるかに難しいが、社会的スキルや性格的スキルは20代のはじめまで発展可能である。

そして思春期の成長にはメンターの指導や職場の教育が必要であるという。

〇「やり抜く力」は伸ばせる

一人の人間の人生が幼児期において決まるわけではない。ただ、幼児期に優れたプログラムによる教育を受けるとその将来はかなり有望になることは確かである。

その人生について、「やり抜く力(GRIT)」を強力に提唱する図書がある。心理学者のアンジュラ・ダックワースの『やり抜く力』(ダイヤモンド社、2016)である。この本は一般的な研究書と異なって、「やり抜く力」の解説と共に、ノウハウまでも読みやすく説明しているのが特徴的である。

例えば人は、自分に能力がない、逆に能力があるのに伸びない、と考える傾向がある。自分の持っている能力に気付かないことも多い。

そして、極めて能力の高い有名人を、「あの人は才能がある」として仰ぎ見るだけである。

ダックワースは、「才能だけでは成功できない」と断言する。そして成功者を観察してみると、誰もが何事かを黙々と実行しているという。それは目の前の目標に向かって絶えず努力している姿であるが、それは単にがんばっているわけではない。目標達成に向けてスキルを磨いているのである。その継続する努力が達成や成功に結びつくという。それは一流の人が行っている当たり前のことだという。

そして、それはまた程度の差こそあれ、誰にも可能な達成努力である。自分に備わっている才能を見いだし、達成可能な目標を持ち、達成のためのスキルを習得し、努力して継続すれば道は開けるという図式である。

「やり抜く力」は伸ばせる、という。それは、学力、体力、適性の違いは問題ではないのである。

ダックワースは、自分がレベルの低い中学校で教員をしていた時の状況を書いている。

その学校には何人かの優れた生徒がいたが、飲み込みの悪い生徒もいて、それがある時からよい成績をとるようになったのが何人もいたという。

よく伸びた生徒は、決まって欠席をせず、忘れ物をしない。授業中ふざけたり、よそ見をしない。ノートをしっかりとって、よく質問した。理解できない問題には何度も挑戦し、休み時間に質問したりしていた。コツコツ努力すれば学力が伴う、という証明であると言っている。

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