(注目の教育時事を読む)第47回 第3期教育振興基本計画

eye-catch_1024-768_tyumoku-kyoiku藤川大祐千葉大学教育学部副学部長の視点

状況分析と施策が乖離していないか
教育予算の大幅増を打ち出すべき
◆学力向上、学習機会確保では成果◇

本紙3月19日付で報じたように、3月8日、中教審は第3期教育振興基本計画を林文科相に答申した。

教育振興基本計画は、2006年に改正された教育基本法に基づき、5年ごとに定められる。08~12年度を対象とする第1期計画では「今後10年間を通じて目指すべき教育の姿」として、義務教育修了までに「自立して社会で生きていく基礎を育てる」ことと、社会を支え「国際社会をリードする人材」を育てることが掲げられ、学力向上やキャリア教育の充実、大学の教育力の強化などが示された。

13~17年度の第2期計画では、「社会を生き抜く力の養成」「未来への飛躍を実現する人材の養成」「学びのセーフティネットの構築」「絆づくりと活力あるコミュニティの形成」の4つの基本的方向性が掲げられ、学力向上に関わる施策が強調されるとともに、経済格差が拡大する中で、経済状況によらない進学機会の確保などの「学びのセーフティネット」という考え方が強調されている。

第1期および第2期において、計画に盛り込まれた施策は着実に実行され、学力向上や経済格差への対応については成果がみられるようになっている。

他方、社会の変化に対応して新たな価値を創造する人材の育成に関しては、まだ課題が多いと言わざるを得ない。

こうしたことは今回の第3期基本計画を見ても、読み取れる。第3期基本計画では、「グローバル化の進展と国際的な地位の低下」が課題として挙げられており、「我が国は第4次産業革命への対応において世界に大きく遅れをとっているとの厳しい指摘」があることが紹介されている。

◆のんびりすぎる変化への対応◇

こうした課題に対して、第3期基本計画ではどのように対応しようとしているのか。第3期基本計画は、国民一人一人が、「生涯にわたって質の高い学びを重ね」て成長すること、その際に基盤的な情報活用能力を育成することが課題だと述べている。

社会の変化が激しいという現状認識は、妥当なものだと言える。そうした変化への対応の在り方は、のんびりしすぎていないか。

以下、具体的に述べよう。

日本の情報教育が致命的なほど遅れているという認識に立って、情報教育の底上げを行うべきことを掲げる必要がある。第3期基本計画の中で示されているように、日本の子供たちはスマートフォンの利用は多いが、パソコンの利用割合はOECD加盟国で最低水準で、13年から14年にかけて実施された情報活用能力調査では、1分当たりのキーボード入力文字数が小学校5年生5・9文字、中学校2年生17・4文字という悲惨な状況である。

現代社会における仕事上の文書作成ではパソコン使用が基本であることを考えれば、これまでの日本の学校教育は基本的な作文能力すら指導できていないことになる。

次に、初等中等教育段階の教育の課題が相変わらず「確かな学力、豊かな心、健やかな体」であって、社会の変化に直接対応し得る「問題発見・解決能力」が高等教育の課題とされている点である。子供たちが育つ地域社会にこそ、人口減少や少子高齢化を背景にしたさまざまな問題がみられるはずである。高校を卒業するまでの時期にこそ、地域の課題を発見し、自分たちの力で解決することを学ぶ必要があるはずである。高校まででこうした経験がなく、大学に入ってから「問題発見・解決」などと言われても難しい。

そして、大学の国際競争力低下の問題が取り上げられながら、各所で指摘されている大学教育の予算の少なさや、急激に削減されていることへの言及がない点も疑問である。

◆大胆な教育投資を前提にすべき◇

そもそも対象年度18~22年度の計画が18年3月に策定されている以上、計画の内容は学習指導要領改訂など、これまでの施策で進められていることの追認にならざるを得ず、新たな策を大胆に盛り込むのは難しい。情報化の推進や大学予算の改善など、予算面で実現しづらいことは盛り込みにくいのであろう。

だが、そうした制約の中で第3期基本計画が作られた結果、状況認識から乖離した計画にしかならないとしたら、そもそも教育振興基本計画の意義自体が問われるのではないだろうか。

第3期基本計画では「教育投資の在り方」という項目が設けられ、教育への投資の重要性が説明されている。教育への投資は将来の税収を上げ、社会保障などのコストを削減するはずなので、もっと大胆な教育投資を前提に、教育予算の大幅増への理解を政府与党や国民に求めるものであるべきだった。

残念だが、第4期に期待するしかないということか。