子供の命を守るのは学校の責務 大川小高裁判決の意味を考える

仙台高裁は4月26日、東日本大震災による津波で多くの犠牲者が出た宮城県石巻市立大川小学校の児童の遺族による損害賠償訴訟の控訴審で、宮城県と石巻市に約14億円の賠償を命じた(本紙電子版4月26日付既報)。この判決の持つ意味とは何か。

■判決を自身のこととして受け止める

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、多くの犠牲者を出したが、その中でも最大級の悲劇といえるのが、児童74人、教員10人の計84人が津波により死亡した宮城県石巻市立大川小学校の事件だろう。

ところで、同判決の報道に接して、7年という月日の経過に感慨を覚えた学校関係者は多いと思うが、判決の意味を「わがこと」として捉えた校長や教頭は、どれほどいるだろうか。恐らくそれほど多くはないのではないか。しかし判決は、全ての管理職が自身、自校のこととして受け止めなければならない。なぜなら判決は、想定を超える大規模災害について、学校と管理職の事前対応の過失を認定しており、今後、災害時の事故や事件に同判決の論旨が引用される可能性が高いからだ。

同事件は、地震発生から50分以上たってから開始された避難行動の途中で児童、教員らが津波に巻き込まれたもの。当初から教員の避難行動指示の遅れや判断ミスが指摘されていた。これについては一審の仙台地裁で、教員側の過失が認定されたものの、原告、被告が共に控訴していた。

■管理職に「はるかに高い」知識と経験求める

高裁による控訴審で、主な争点となったのは、(1)学校や管理職は津波の危険性を予見できたか(2)事前の防災対応に過失がなかったか――の2点だ。原告の遺族側は、大川小学校は川沿い近くに位置しており、地震による津波被害は予見できた、また学校の危機管理マニュアルには避難場所が「近隣の空き地・公園など」としか示されておらず、学校や教委による事前防災の対応が不十分だったと主張した。

一方、学校設置者である市教委は、同校は市のハザードマップで津波の浸水想定区域外に位置しており、過去に津波被害が一度もなかったことから、津波は予見できなかったと反論。また、危機管理マニュアルについても、作成・改定は「努力義務」にすぎない上、内容も当時の実態に応じた適切なものだったと主張した。

これに対して仙台高裁は、同校の立地条件から考慮すると、津波被害の危険を「校長らが予見することは十分可能」と認定した上で、学校管理職には、地域住民などの平均よりも「はるかに高い」知識と経験が求められるとした。

事前防災についても、学校には避難場所や避難経路を定めておく責任があり、危機管理マニュアルに不備がある場合、教育委員会には是正を指示する義務があると指摘。事前防災について学校と市教委に安全確保義務違反の過失があったと認定した。

このため仙台高裁は、学校側の事前防災の過失を認定しなかった一審判決よりも賠償額を約1千万円増額、県と同市に約14億3600万円の支払いを命じた。

■学校に「かなり高いハードル」が

同判決により、今後予想される影響は、学校(管理職)に災害予見の高い能力や、危機管理マニュアルの見直しなどを含む事前防災体制の整備が求められることだ。

特に高裁判決では、同校が市のハザードマップという行政情報にのっとって対応していたにもかかわらず、立地条件などから津波被害は「予見可能」だったと認定した。公立学校では、ハザードマップの避難所に指定されているところも多く、周囲の安全確認は当然の義務だが、判決によって、今後は想定外の大規模災害の場合でも、校長などは「予見可能性があった」と判断される可能性が高い。管理職の責任は重くなるということだ。

また、事前防災体制の不断の見直しが、実質的に義務付けられることになったとみてよい。危機管理マニュアルの避難場所が「近隣の公園」などと曖昧で、避難経路も災害時使用不能となる可能性があるようなケースは論外となる。最悪、管理職は教委と共に事前防災体制の過失を問われることになりかねない。

実のところ、高裁判決は学校に「かなり高いハードル」を課したと受け止める学校関係者は少なくないだろう。しかし災害時に子供たちの命を守るのは、学校の責務だ。そして、それができるのも学校しかない。

危機管理マニュアルの見直しだけでなく、実践的な避難訓練の実施、管理職不在時の指示系統の整備、自らの命を自分で守れる子供の育成も必要になる。校長など管理職は、この「高いハードル」を、覚悟を持って乗り越えていかなければならない。