(新しい潮流にチャレンジ)学び合う教員組織が学校力を高める

eye-catch_1024-768_takashina-challenge教育創造研究センター所長 髙階玲治

新指導要領の理解・徹底は十分か
〇新指導要領の「理解」のさらなる促進を

すでに新学習指導要領の移行期が始まっているが、新しい教育への理解はどうであろうか。試みに次の「問い」を考えてみてほしい。

(1)「主体的・対話的で深い学び」が言われていますが、どうすれば「深い学び」と言えますか。

(2)学力の三つの柱の一つが「学びに向かう力」です。どのような「力」と言えますか。

(3)教育課程編成の基本に「教科等横断」が言われています。どのようなカリキュラムになると思いますか。

これらは新学習指導要領のキーワードであるが、十分に説明できるであろうか。

新学習指導要領の「総則」には十分な説明がない。

その解説と言えるものが、2月末にようやく発行された。文科省の「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説」である。小学校のみであるが「総則編」以下、各教科・領域編が出そろっている。

少なくとも「総則編」は全ての教師が持つべきである。定価は各冊子とも170円程度の安さである。ぜひ、活用したい。

特に「総則編」は先の三つのキーワードのみでなく、新指導要領の理念や必要とされる考え方などの説明がある。

さらに「各教科・領域編」は前回よりも厚くなり、記述が詳しくなった。ぜひ、読み通すべきである。

〇繰り返される「共通認識」の不徹底

だが、いつものことだが、新指導要領の理解・徹底といっても不徹底の場合が多い。むしろ、理解が及ばないことがあると言ってよい。「解説」の文章自体が落ち度なく書かれているため固い。もともと教育用語は実践に結びついてこそ意味があるが、抽象すぎる説明が多い。

特に先にあげた三つのキーワードも、文言の意味は深いため、「わかったつもり」に陥りやすいのである。

このことは、もともとわが国の教育風土に根ざしている因習ではないか、と思えることがある。例えば、学校の教育目標や年度重点目標をみても極めて抽象的である。年間を通して達成すべきなのか不明で、年度末になって成果を評価することもない。そうした学校状況に慣れすぎている。

さらに、「総則編」を全員読んではと言ったが、その共通認識が達成される期待は到底考えられない。例えば、50人ほど教員のいる小学校で「「初等教育資料」を読んでいる人はいますか」と問いかけたところ、誰一人いなかった。教師自身が教育書を読まない。限度を超えた多忙化が読書の時間を奪っているという実態もある。

ところで、「総則編」を教員が全員読んだとして、校内に「共通認識」は生まれるであろうか。これも確かではない。

実は「情報の2段の流れ論」という法則がある。個々がある教育情報を受け取ったとしても、それは雨が降る状態に近く、そのままでは雨は地面に吸い込まれるだけである。理解が浅いままに過ぎてしまう。
それに対して、例えば「主体的・対話的で深い学び」の授業について教師集団で話し合う。すると、一人で考えていたよりもその授業の内容がかなり深まって理解できる。つまり、雨水は地面に吸い込まれずに個人や集団内にダムを造るのである。共通認識である。

なぜ組織集団の協議が必要かといえば、同じ教員であっても新指導要領の受け止めがかなり異なるからである。年齢の差、実践経験の差、関心や意欲の差、積極的な受容の差、実践に生かす力量差、などによって受け止めに差が生まれる。そのため、全員が「解説」を読んだからといって、校内に直ちに「共通認識」が生まれるという保証はない。教師個々が持つ差異を埋めるのがインナーコミュニケーションである。

〇学習する教員集団が学校を変える

一方、学校の現状は限界を超える多忙化のためにコミュニケーションの機会を持てないことが多い。そのため、個々の教員の力量に任せる結果になる。だが、個々が新たな教育実践に取り組めるほど、いま求められている教育は簡単ではない。

最初にあげた「深い学び」「学びに向かう力」「教科等横断」について、個々の教師が容易に理解し実践できるとは思えない。これらは実践的な深まりがあってこそ確認できる性質がある。

そこで多忙化の中で、校内にコミュニケーションを生み出す方策を考えたい。それは教員それぞれが学びたいと考える新たな教育キーワードを「共通項」として選ぶことから始める。

例えば、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」「知識・理解」「思考力」「判断力」「表現力」「学びに向かう力」「教科等横断の教育課程」「考え・議論する道徳」「学級活動のキャリア教育」などいろいろあるが、教員相互の関心で「共通項」を選ぶ。これらを全て個々が調べるのは容易でない。そこで教員個々に割り当てて、各自が情報検索する。それをA4の紙1枚程度にまとめ、全員に配布する。形式は問わない。むしろ、教員個々の自由な創意工夫を尊重する。

次に配られた紙面を他の教員が読んで、質問等あれば書き込んで担当者に伝える。担当者はさらに修正し、再度配布する。

このような行為は、校内で必要とされる課題解明に参画しているという協働意識が教師間に生まれる。課題の内容を調べ、効果的に説明する文書を作るという行為が情報検索や情報発信という教師のスキルを磨く。また、自分の書いた資料をみんなが読んでくれたことでさらに校内の一体感が生まれる。

研究協議のみが相互理解の場ではない。紙面を通してやりとりすることで、大切なインナーコミュニケーションとなる。それが「学習する教師集団」としての一つのスタイルである。

こうした教師集団の一体的な新指導要領の取り組みは最も重視したいことである。例えば、いつの時代も新たな情報、特に革新的な情報は学校に定着するのが難しかったことで、かつては「どんな教育改革も教室のドアの前で止まってしまう」と揶揄(やゆ)されることがあった。そうした轍(てつ)を踏まないためにも、新指導要領の理念や考え方、具体的な実践方策について早急に教師は身に付ける必要性が期待されているのである。「学習する教師集団」を組織化すること、それが必要である。

それが新教育課程の移行期間における最も重要な課題と言えるであろう。