いじめを隠蔽する学校の体質 事実を「認知」する勇気持つ覚悟を

神戸市立中学の3年女子生徒が2016年に自殺した件において、事件直後に教員が同級生からいじめの存在などを聞き取ったメモを、市教委の首席指導主事の指示で隠蔽(いんぺい)していた事実が発覚した(本紙6月21日付既報)。これを学校教育関係者は、どう受け止めるべきなのか。

■自校生徒の自殺でいじめが発覚したら

今回のテーマについて、正直、どう書けばよいのか相当に迷った。どう考えても、市教委と学校の対応を擁護することはできないからだ。

さりとて、問題の背景を的確に分析して、堂々と正論を吐いたとしても、ほとんどが教育関係者であろう本紙読者の共感を得られないだろう。それほど、この問題は教育界にとって根が深い、そして「しんどい問題」といえる。

改めて問うてみよう。もしも、あなたが校長であるとして、児童生徒が自殺し、内部調査によって学校でのいじめが原因であると分かった。子供を救えなかった慚愧(ざんき)の念と同時に、これから始まるであろう、教育委員会の調査やその事務処理の膨大さ、そしてマスコミや世間の批判にひるんでいる。そのとき、担当指導主事が「なかったことにする」と言ってきた。さて、あなたはどんな選択をするだろうか。

結局のところ、この事件の教訓は、これに尽きる。誤解を招くような言い方だが、当事者を懲戒処分にしようが、教育委員会の組織体制を見直そうが、同じ問題は再び起こる。事実、東京都青梅市や葛飾区などで、既にいじめ隠蔽に類する事案が明らかになっている。

■「厄介ごと」と受け止める意識はないか

11年に大津市で起きた中2自殺の事案で、市教委がいじめを隠蔽した問題を契機に、13年にいじめ防止対策推進法が制定された。にもかかわらず、教委や第三者委員会のモラル崩壊で、法律制定の趣旨に反する「逆流現象が起きている」(尾木直樹法政大学特任教授)との批判が一般社会で巻き起こっている。

また、一部にはいじめ防止対策推進法を改正して、教委や学校に罰則を科すべしという意見もある。

だが、いじめ防止対策推進法は、十分すぎるほど学校や教委を縛っている。これ以上法律を厳しくするのは、現実的ではない。

さらに、いじめ防止対策推進法の制定後に、いじめの認知件数が急増していることを指摘して、同法制定に意味はなかったと批判する意見もある。いじめの「認知件数」の増加は、それだけ学校現場がいじめを重大視した成果だ。

問題は、いじめ事案を「厄介ごと」と受け止める教委や学校の意識だ。文科省の問題行動調査では、全国の公立小中学校の約3割が「いじめゼロ」と回答している。

さらに、子供千人当たりのいじめ認知件数は、全国平均で23.8件だが、都道府県別に見ると、最高と最低の間には、実に19倍の開きがあった。この結果を額面通りに受け取る教育関係者は少ないだろう。いじめは、まず学校や教員が「認知」しなければ、対策自体が始まらない。いじめは、「どんな学校にも存在する」という前提に立つことが必要だ。

いじめを「厄介ごと」「学校評価のマイナス材料」と考えていれば、最悪の場合、子供が死に至る可能性もある。

■「先生、腹をくくってください」

学校や教委事務局における長時間労働が問題になっている現在、いじめ自殺の調査で、膨大な事務量が発生するという懸念は、ある意味、理解できなくもない。保護者による民事訴訟の可能性が加われば、なおさらだ。その意味で、教委の組織体制の見直しは必要だろう。

しかし、本当に必要なのは、いじめの存在を「認知」する勇気と、事件が発生してしまったら、被害者とその保護者に寄り添う覚悟だ。

今年度から始まった道徳の教科化は、過去に大きな論争を呼び、中教審も一度は教科化を拒否した。それが教科化されたのは、前述の大津市のいじめ自殺で、学校と市教委の隠蔽工作が社会的批判を集めたことが大きな原因だった。

神戸市教委のいじめ隠蔽事件では、調査メモの隠蔽を校長に指示した際、指導主事は「先生、腹をくくってください」と言ったと報道されている。

今回の事件の教訓として、全く別の意味で、全ての学校管理職や教委担当者に「先生、腹をくくってください」と述べておきたい。