AIに負ける子どもたちの読解力 次世代への危機感と思い

教育新聞特任解説委員 鈴木 崇弘(城西国際大学大学院教授・日本政策学校代表)

いま教育関係者をはじめとする多くの人々の注目を集め、さまざまなメディアでも取り上げられ、ベストセラーになっている本がある。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社刊、新井紀子著)だ。

新井氏は数学者であり、2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを務める。同プロジェクトは、「東ロボくん」と名付けた人工知能(AI、正確にはAI技術)を育て、東大合格を目指そうというものである。

また同氏は、その「東ロボくん」のプロジェクトと並行して、日本の中・高校生の読解力に関する大がかりな調査・分析も実施した。

■驚愕(きょうがく)の事実

それらの研究成果から、同氏は次のように結論付ける。

(現在のAIの延長では)シンギュラリティは来ないし、AIが人間の仕事の全てを奪うような未来は来ないが、仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っている。AIは人間にとって神や征服者にはならないし、東大には合格できないが、MARCHレベルの有名私大に合格する偏差値に達していて、人間の強力なライバルになる実力はある。

また、AIは単語や年表の記憶は得意だが、教科書に記載された意味を理解するのが苦手だ。しかし多くの中高生も、詰め込み教育で表層的な知識は豊富だが、歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できない。現在の日本の労働力の質は、AIの労働の質と似ているのだ。

そのことから同氏は、今後の社会では、労働市場における深刻な人手不足および高失業率と、悪化する労働条件が同居する状況が起きると予言する。

ロボットやAIが進化すると、主に肉体労働が奪われるように考えがちだが、ホワイトカラーの仕事の多くはAIの労働力との親和性が高く、AIの進歩はホワイトカラーの分断を生むであろうことも、同氏は指摘する。

■従来教育の方向性は間違っている?

これまでの教育は、高い学歴を有することでホワイトカラーになり、より高収入を得られるという方向性で構築されてきた。しかも、高学歴を得るには、学校教育で効率的に多くの情報を覚え、できるだけ早く処理するスキルや方策を修得することが重要だった。

そのために教育では、「過去問」に象徴されるように、できるだけ多くのパターンを覚え、効率よく対処する能力を高めることに注力してきたわけだ。

つまり問題などの意味を正確に理解して回答しているのではなく、別言すれば「読解力がない」ということなのである。

ところが、そのようなやり方やスキルこそ、実はAIが最も得意とする能力なのだ。

■新井氏の試み

筆者は、新井氏の全ての意見に同意しているわけではないが、同氏の論考はフェアであり、主張の多くに賛同するものである。

新井氏は上記のような問題意識から、来るべき(すでに起きつつあるが)AI時代において、人間が、AIが得意としない仕事を見いだしていくためにも、「読解力」を適切に獲得することが必要であると考えて、一般社団法人「教育のための科学研究所」を設立し、代表理事・所長に就任した。同氏の本書は、すでに数十万部を超える大ベストセラーになっているが、印税の全ては、同研究所に寄付されるそうだ。

同研究所は、リーディングスキルテスト(RST)を構築。問題を作成し、「中学生1年生全員にRSTを無償で提供し、読解の偏りや不足を科学的に診断することで、中学卒業までに全員が教科書を読めるようにして卒業させること」を目指している。

無償提供の際には、個々の生徒の読解力の把握、教師のRST有償受験、PTA・学校・教育委員会全体の生徒の読解力改善への活動などの条件の有無が、優先的に考慮されるという。

それらからも、新井氏の自身の研究成果への責任感と矜持(きょうじ)、そしてこれからの日本社会や次世代への危機感と思いを感じる。

新井氏の試みは、AI時代の教育における新しい方向性を投げ掛けているといえるだろう。

■最後に

近年、教育の新しい方向性の中で、英語教育開始の年少化やプログラム教育に注目が集まっている。だが、それらは、根拠に基づく本当に適切なものなのだろうか。

本記事で紹介した新井氏の著書や活動は、AI時代における教育の方向性と可能性について、適切な研究と分析、それに基づく有効な判断による、より根本的な対応が必要なことを改めて求めているといえよう。

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