(新しい潮流にチャレンジ)「主体的・対話的で深い学び」は授業改善 子供のアクティブな学習が基本

eye-catch_1024-768_takashina-challenge教育創造研究センター所長 髙階玲治

〇授業改善の浸透度は低い

中教審による教育改革は、新たな授業改善の方略としてアクティブ・ラーニング(AL)を提唱し、大学や中・高校の授業改善に大きな影響を与え始めているが、ただ小学校を含めた実態をみると必ずしも浸透していない印象が強い。むしろ、授業改善に消極的な印象すら感じる。

中教審論議にALが提唱されてすぐに、授業がアクティブ化されることで「活動あって学びなし」の批判があがり、その後の論議の経過で「主体的・対話的で深い学び」の文言が主流となった。

「活動あって学びなし」の批判は、前回の学習指導要領改訂の折に、教師の支援的な面のみが強調され、指導をちゅうちょすることを危惧するとされたことを思い出す。

しかし、授業がアクティブ化することのみで終われば、当然そうした危惧が生まれるのは確かである。実のところそれが、AL実施にブレーキになっているのではないか、と逆に危惧される。

ALの言葉は半ば消えて、「主体的・対話的で深い学び」に変わったが、イメージ的には難しくなったことは確かである。「主体的・対話的で深い学び」は多くの解説が出ているが、わかりにくいものが多い。解説者自身がどのようなイメージを持っているか不明なものもある。言葉上の意味付与が多すぎて、あれも大切、これにも留意などと結局はどうすべきなのか、実践者を悩ます記述も多い。

〇シンプル・メソッドでスタート

「主体的・対話的で深い学び」が強調されるが、基本はアクティブな学習である。アクティブとは単に「活動」のみを意味しない。教師主導の教え込みを受動的に受け入れることへの対比であるが、真の意味は学習課題に子供それぞれが自ら自発的・積極的に取り組むこと。いわゆる、自ら考え、自ら学ぶ能動的な意味合いである。したがって学習そのものがアクティブであることが基本である。そこで教師は子供がアクティブに学習することを目指す授業を工夫することが必要になる。授業の大きな転換と考えるべきである。

例えば、5年ほど前の調査であるが、中学校の授業で「自分の意見の発表」をさせている社会科教員は、7割以上が40.5%であったが、3割以下も32.9%もみられた。理科の教員は、前者が38.2%、後者が34.8%であった。また、「グループの活動」をさせていた社会科教員は7割以上が17.5%で、3割以下が57.7%という多さであった。理科の教員は前者が33.3%、後者が35.8%であった(ベネッセ『中学校学習指導に関する実態調査報告書2014』)。

生徒の自発的な意見の発表やグループ活動は、特に問題解決学習を主体とする社会科や理科において顕著なアクティブな学習だと考えるが、当時はこのような結果であった。中には生徒の意見の発表やグループ活動を「ほとんど行わない」教師もみられたのである。

つまり、アクティブな学習が「活動あって学びなし」と言われる以上に、子供に能動的な力を身に付けようとしない教員がいかに多いかという実態をこの調査は示していたのである。

しかし、アクティブな学習に熱心でない教員であっても、授業の転換は可能である。むしろ、劇的な転換の可能性もある。

それは今まで消極的だったアクティブな学習をシンプルに取り入れることで始まる。思いきって課題を提示し、子供に考えを言わせてみる。課題についてグループで話し合いをさせてみる。

シンプルに授業を変えて実施してみることで、子供にアクティブな学習の萌芽(ほうが)が生まれる。実は萌芽そのものは教員の授業転換の萌芽でもある。

その場合、単に新たな試みを実施するだけで終わらない。教師として特に留意したいのは、子供の発言に興味・関心を持つことである。それを繰り返しているうちに、子供の思考の在り方や学びの姿勢が徐々に見えてくる。ALの持つ意味が理解できるようになる。

その授業展開は、例えば次のようにシンプルに実施してみる。

①授業の課題について「自分ならこう考える」という視点で、自分の考えをノートに書く。その内容に基づいてグループで話し合う。あくまでも、「自分の考え」を持つことを重視する。

②次に全体で課題解決に向けて協議する。課題解決の場では、必要な情報を提示しあいながら、思考力や判断力、表現力を高めていく。その場合も自分の考えが前提であるが、他の考えを取り入れることで思考に変化がおきる。

③課題追究の結果、一定のまとまった解決にたどりつく。集団による解決であるが、自分がその過程でどのように学習参加したか振り返り、ノートに記録する。次時への取り組みの意欲を高める。
このプロセスは従来の授業にもみられたものである。特別新しいと言えるものではない。

〇「主体的・対話的で深い学び」が授業を変える

必要なのは、従来の型にはまった教師主導の授業からの脱却である。それを思い切って行う。「学ぶのは子供である」という基本を教師が明確に自覚することである。

その自覚が深まれば、ALとしての「主体的・対話的で深い学び」として示された授業の在り方が見えてくる。

実のところシンプル・メソッドを提示するのは、ALの進化を目指したいためである。最初から「主体的・対話的で深い学び」に達することは難しい。この言葉の真の意味を理解し、教師が身に付けるには多くの試行錯誤による授業の習練を必要とする。授業力を高めることは難しいことなのである。

多くの教師は毎日の授業に満足感を持つことは少ないであろう。それが従来の教師の授業意識であった。ただ、そうした繰り返しの中で教師は徐々に授業力を高めてきた。その授業力に一定の視点を与えるものとして「主体的・対話的で深い学び」があると考える。

その場合、アクティブ・ラーニングはそれを支える基本であるとする認識は変わらないのである。