働き方改革答申素案 学校の当たり前を見直す契機に

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教育新聞特任解説委員 妹尾 昌俊(教育研究家、中教審委員)

 年間変形労働時間制は決め手にはならない

学校の働き方改革を巡って、いま国の検討(中教審)は最終段階に来ている。今月6日の特別部会では答申素案が示され、現在、パブリックコメントを受け付けている。

報道では、年間の変形労働時間制が注目されており、教職員の方などからは批判の声も大きい状況だが、これは目玉でもないし、決め手でもない、とわたしは捉えている(あくまでも中教審総意がどうという話ではなく、個人的な見立てとして。以下も同じ)。

基本的には、年間変形労働は、正規の勤務時間の付け替えという性格のものだから、長時間労働の短縮に響く施策とは思えない。

また夏休み中の部活動の、大会などの大幅な精選・縮小や研修日程の見直しがなければ、年間変形労働が目指す、休みのまとめ取りなど絵に描いた餅である。現状の長時間労働やめじろ押しのイベントを前提として変形労働時間制を導入しようというのではない、のである。

時間外手当にすることにも問題がある

そもそも、今日の過労死ラインを超える人が非常に多い、日本の学校の問題は、ひとつやふたつの施策で解消できるほど甘くはない。残念ながら「決め手」というものはなく、さまざまな政策や取り組みの合わせ技を進める発想が基本となる。

給特法についても現行での問題は少なくないし、わたしもその点は中教審で指摘しているが、かと言って、時間外手当制度にすることにも問題がある。

時間外手当化で、時間への教職員の意識は高まるかもしれないし、残業抑制しようという管理職の意識は働くようになるかもしれないが、本当にそうなるかは要検証だ(実際、国立附属学校などは時間外手当化されたあと、時間外勤務は本当に減っているのだろうか?)。

他方で、残業代が生活給の一部のような性格となり、残業することが前提の働き方になる人も出るかもしれない(これは民間企業の研究で検証・指摘されている)。それに、遅くまで残る人が得をするという制度でよいのか、それは生産性あるいは時間対効果を高めようとする働き方改革の趣旨と逆行するのではないか、という見方もできる。

限られた財源、予算をどこに使うべきかという議論も重要であるが、上記のように、仮に予算制約を度外視したとしても、いろいろ考えねばならないことがある。

学校の当たり前を見つめ直そう

前回の拙稿でも紹介したように、もっと注目すべきは、教師の時間外勤務に一定の上限を定める動きだ。原則「月45時間以内、年間360時間以内」という目安を文科省は示す予定である。

これは、相当思い切った改革、改善がなければ、達成できない。

そういう意識で、中教審の答申素案もご覧いただければと思う。いくつかの業務や学校の慣習などについて、こういう視点で見直してはどうかということを書いている。読者の皆さんがこれまで学校の役割や教師の仕事として当たり前に感じていたことも、実は法令や指導要領上は特に義務付けられていないもの(つまり、MUSTではないもの)も多い。

一例だけ挙げておくと、校内清掃。おそらく多くの小・中学校は15分×5日=週75分前後を使っているかもしれないが、極端な話、民間委託なども可能であるし、3日に短縮したりすることも考えられる。

「予算がないからそんなことできっこない!」という反論もあろうが、市役所や県庁に一度でも掛け合ったことはあるだろうか? こう聞いてみてほしい。「県庁職員などは掃除していますか?」。

学校だけ、教職員と児童生徒の「無償労働」により安上がりに済ませているのは、行政の怠慢である、との見方もできるかもしれない(注: 中教審の答申案ではそこまでキツく言っていないが)。

「清掃の時間には他人のために貢献したり、他の児童と協力したりするトレーニングができる。心の教育になる大切な時間だ」との反論もあろう。であるならば、道徳の時間に清掃を入れてもいいかもしれないし、そういう効果が本当に定着しているのかどうか、週に1時間以上もかけながら、時間対効果は高いのかは検証してほしい。

なにも清掃指導だけをやり玉にあげたいわけではないし、私は絶対にやめろと言いたいのではない。こういう当たり前や慣習を見つめ直すことが今回の働き方改革では大事になるということを、ぜひ皆さん、考えてみてほしい。