全ての子供たちの未来のために 新たな定数改善計画を策定できるか

ジャーナリスト 斎藤 剛史

教員の力量に頼るのは限界

2019年は、新学習指導要領の実施を前にした最後の年となる。今年の動向が、今後の教育改革の行方を大きく左右することになるだろう。

20年度から小学校で新学習指導要領が全面実施される。中学校は21年度からの実施となるが、教育界全体で見れば、20年度から新学習指導要領一色になるのは間違いない。さらに高校の新学習指導要領は22年度入学者からの実施だが、20年度には大学入試センター試験に代わる「大学入学共通テスト」(共通テスト)の導入をはじめとする大学入試改革がスタートする。いずれにしろ、準備に充てられる時間は、もう今年しか残っていない。

翻って、学校現場をはじめとする教育界の対応は、どの程度進むだろう。今春には、学校における働き方改革の中教審答申が予定されているが、昨年末に公表された答申素案を見ると、1年単位の変形労働時間制の導入が中心で、実質的な効果が疑問視されている。

現在の教員の長時間労働は、授業以外の場面でも教員が子供と関わる「日本型学校教育」のシステムと、教職員の人手不足によるものだ。「日本型学校教育」を維持するならば、大幅な教職員の増加を図らなければならないことは明白だ。

それができなければ、知識注入型の一斉授業よりもはるかに手間のかかる「主体的・対話的で深い学び」を学校現場で実現することは難しい。しかし、教職員の短期間での大幅増員は、財政的に困難であり、教員の質の低下も招きかねない。

となれば、将来に向けた教職員増員のための道筋を今年中に付けることが求められる。そもそも学級数を基本とする現在の教職員定数の算定方式は、知識注入型の一斉授業を前提としたもので、アクティブ・ラーニングを主体とする新学習指導要領の考え方にはそぐわない。新学習指導要領の実施に向けて、今年中に教職員定数の算定方式を基本から見直すことが必要だ。そのためには、新たな定数改善計画を策定できるかどうかが、19年の大きな課題となろう。教員一人一人の力量に頼って乗り切るのは、もう限界だ。

子供の格差はさらに広がる恐れ

では、このような条件整備がなされないまま、新学習指導要領が実施されると、どうなるのだろうか。所得の高い家庭の子供は、そうでない子供よりも学力が高いことは、全国学力調査の分析から明らかになっている。しかも、思考力・判断力・表現力などを問う問題での学力差が大きい。つまり、新学習指導要領の狙いである思考力・判断力・表現力などの育成は、子供の家庭の「文化資本」に大きく影響される。

教員が多忙のまま、アクティブ・ラーニングを形式的に実施したとすれば、もともと家庭の文化資本が豊かな子供たちは伸びるだろうが、そうでない子供たちは取り残される可能性がある。

大学入試改革でも思考力・判断力・表現力を評価することになっているが、個別の大学の入試改革への対応は、まだ遅れている。全体的に見れば、入試に選抜機能が働く有名大学は思考力などを重視する一方、入試の選抜機能が働かない中堅以下の大学は、実質的に現行の知識量を問う入試を続ける可能性が高い。そうなると、高校以下の段階で思考力などを鍛えてきた、家庭の文化資本が豊かな子供たちが、今以上に有名大学に集中することになる。

結果、日本の社会における格差は拡大し、固定化する。

新学習指導要領を真に機能させよう

正直に言うと、思考力などの育成を中心とする教育が、現在の学校教育において、本当の意味で機能するのは、恐らく子供たち全体の2~3割ではないかと思う。

グローバル化する世界で日本が生き残るために、その「2~3割の子供たち」だけを育てたいというのであれば、現在のまま学校現場を放置するのも構わないだろう。実は安倍政権の狙いは、そこにあるのではないかと邪推してしまう。

しかし、グローバル化がさらに進展し、人工知能(AI)の発達によりこれまでと全く次元が異なる情報化社会となるこれからの社会で、「全ての子供たち」が生きていけるようにしたいと本当に願うなら、教員の長時間労働などで疲弊している学校現場を救い、新学習指導要領を真に機能させることが急務となる。

学校現場では、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善の推進が求められる。「全ての子供たち」が未来の社会を生き抜けるようにすることができるのは、学校と教員だけなのだから。