柴山イニシアティブ 学校教育全体に影響を及ぼす

文科省は2月1日、大学改革に向けた政策パッケージとして「高等教育・研究改革イニシアティブ」(柴山イニシアティブ)を公表した(本紙2月11日付既報)。この柴山プランが目指す日本の高等教育の将来像とは何か。それは、高校以下の学校教育にどんな影響を及ぼすのか。

■記憶に残るものとなるか

発表された柴山プランに対する社会一般の関心は、あまり高いとはいえないようだ。新聞などマスコミでも、数理・データサイエンス教育を文系も含めた全学部で展開するという部分が注目された程度だった。

そもそも政策パッケージに、時の文科相の名前を冠して「◯◯プラン」などと名付けるのは、いかにも権力者におもねっているようで印象が良くない上に、当の大臣が退任すれば、すぐに忘れられる可能性が高い。「馳プラン」などがその例だろう。

逆に、政策パッケージが一定の成果を上げ、それに対する賛否両論の意味を込めて、関係者の記憶に深く刻まれる場合もある。国立大学の構造改革を進めた「遠山プラン」などがこれに当たる。いったい、「柴山イニシアティブ」は、どちらのケースになるのだろうか。

■注目される「文理分断からの脱却」

柴山イニシアティブは、「高等教育機関へのアクセスの確保」「大学教育の質保証・向上」「研究力向上」「教育研究基盤・ガバナンス強化」の4本の柱から成る。

このうち、高校以下の学校教育に大きく関係してくるのは、「高等教育機関へのアクセスの確保」と「大学教育の質保証・向上」だろう。

「高等教育機関へのアクセス」は、低所得世帯などの子供に対する高等教育の無償化、返済義務のない給付型奨学金の拡大などにより、家庭の経済力に左右されずに大学進学などの機会を保障しようというもので、2020年度から実施される。

注目されるのが、無償化の対象となる大学として「経営に課題のある大学等でないこと」「法令に則った財務・経営情報の開示」「厳格な成績管理の実施・公表」などの要件を示している点だ。

これによって、財務状況の悪化した大学、不適切な経営をしている大学は、無償化の対象から除外されることになる。大学中退者、留年者の人数などの情報公開も義務付けられることになろう。進路指導では、これらの情報を確実に知っておく必要がある。厳格な成績管理も求められており、学生は、大学に合格すれば、後は適当に勉強して卒業するだけとはいかなくなる。

同時に「大学教育の質保証・向上」でも「学修成果の可視化と情報公表」が求められている。可視化(情報公表)されるのは、学位取得状況、卒業後の状況、学修時間、学生の成長実感・満足度などだ。現在でも公開している大学もあるが、内容的に美化された情報も少なくない。より的確な情報収集が、進路指導では求められるようになる。これらは学生調査試行を経て、20年度中に本格実施される予定だ。

また、「文理横断等社会の変化に応じた教育の推進」として、数理・データサイエンス教育を全学部学生に展開するとしている。「文理分断からの脱却」は、高校改革を検討している政府の教育再生実行会議でもキーワードになっており、高校教育への影響は確実だろう。

■文科省が長年温めてきた大学改革構想

柴山イニシアティブでは、これらの改革を進めるため、2019年度中に大学設置基準の改正を検討し、20年度から改正するとしている。大学改革の政策は、実施が各大学の自主性などに任される場合が多く、実質的にほとんど実行されない例もよくある。ところが、大学設置基準改正という「規制」が進めば、大学も改革を進めなければならなくなる。その意味で、柴山イニシアティブは、きわめて実現可能性が高い。

また柴山イニシアティブが示す、将来の高等教育像をあえて要約すれば、増えすぎた現在の大学の淘汰(とうた)と再編、付加価値を身に付けた学生を社会に送り出す「役に立つ大学」への転換といえる。恐らく、これには反対する大学関係者も少なくないと予想される。

しかし、旧民主党政権時代の2012年に策定され、その後の自民党の政権復帰により棚上げされてしまった「大学改革実行プラン」と柴山イニシアティブの内容は、非常によく似ていることが分かる。つまり、柴山イニシアティブは、時の大臣の思い付きなどではなく、文科省が長年温めてきた大学改革の構想だといえる。

大学教育に関しては、入試改革を除けば、高校以下の教育関係者の関心は低い。だが今後、政府や文科省は、大学をどう変えようとしているか。それによって、学校教育全体がどんな影響を受けるのか。そんな視点から柴山イニシアティブを見直すことも教育関係者には必要だ。