教育カンファ「SXSW EDU」 注目の3セッションをリポート

教育新聞特任解説委員 小宮山 利恵子

今月初旬、米国テキサス州オースティンで開催された世界最大規模の教育カンファレンス「SXSW(サウスバイサウスウエスト)EDU」に参加した。カンファレンスは4日間にわたり、450以上のセッション、800人以上の登壇者を擁する。トピックも、未就学児教育から外国語教育、教育における公平・公正、データ活用など計17あり多種多様だ。

それは今の米国における教育の現状を反映したものとなっている。AIが教育に導入されると、教育の本来の目的はどのようなものになるのかといった提起もなされた。多くの興味深い議論があったが、今回は私が参加した中で印象深かった3セッションの内容を紹介したい。

■アフリカの台頭

カンファレンス2日目の基調講演は「Turning Challenges into Opportunities: The Ashesi Way(挑戦を機会に:アシシの場合)」と題して、アフリカ・ガーナにあるアシシ大学の学長が行った。

2002年に開学した同校は、学長の「アジアが世界を変えた。今度はアフリカの番だ」という考えのもと、ガーナで不足していたリーダーを育成している。同校の特徴は、倫理観を中心に据えたビジョンだ。

開校直後、ある教授が学長の元を訪れこう告げた。

「カンニングが横行している。うちのクラスでは3分の1がカンニングしていた」

これを聞いた学長は、多くの学生がビジョンを理解しておらず、アフリカのリーダーになる意識も薄いことが分かり、その後1年半かけて、どのような教育、社会が望ましいのか、それにはどのような倫理観が必要かを学生含め議論を重ねた。

今では大学のビジョンが文化となって学生に根づいており、卒業生の90%はアフリカに居続け社会をより良くする活動に従事している。この動きをガーナに閉じず、アフリカにある25の高等教育機関と連携して情報共有を行い、学生交流も行っているという。

■メディアリテラシーの重要性

「Fact vs Fiction: Why Media Literacy Matters(事実vsフィクション:なぜメディアリテラシーは重要なのか)」というセッションでは、通信社のロイターやジャーナリズム教育協会が登壇。昨今よく話題となるフェイクニュースを、教育ではどのように扱うべきかについて議論されていた。

「フェイクニュース」という言葉自体は、実は1932年にはシカゴデイリー紙に掲載されていて新しいものではない。ただ、今日ではテクノロジーが発展し、誰もが事実ではないことを発信できてしまう。正確な情報に基づいた理解や判断は教育上、非常に重要である。

ただ単に疑わしいものを探すのがメディアリテラシーではなく、クリティカルシンキング力や発信源、Webサイトなどを精査し、分析する力とも結びついている。それゆえ、俯瞰(ふかん)して考えれば、どの教科でもメディアリテラシーは教えられるということになる。メディアリテラシーは子供たちに必要なだけではなく、今やどの世代にとっても必要なスキルになっている。

■図書館の変容

「Going Digital: The Future of the K-12 Library(デジタルへの移行:K12の図書館の未来」では、小学校の教員や司書たちが登壇し、テクノロジーが学校で使われるようになってからの図書館の役割の変化について議論した。

以前は、図書館というのは重厚な本棚がたくさん並べられていて、隅にパソコンが数台置かれているという状況だった。しかし今、図書館にあるのは背の低い車輪付きの本棚で、いつでもどこにも移動できる形式になっており、Project Based Learningがしやすい環境になっている。また、STEAM教育でも使われることが多く、狭い教室ではなく広く使えるスペースということで重宝されているとのこと。

中には、子供たちに「どのような図書館が良いだろうか?」というアンケートをとって、その結果カウチなどを入れて子供たちが快適に過ごせる空間を作ったところもある。子供たち自身で工作できるようなスペースになっている図書館も存在する。

一方で、司書の役割も変わってきている。以前は本の貸し出し業務が主だったが、現在は教員が多忙のため、教員に代わって授業で使えそうな本を街で探してきたり、州の図書予算が限られているため、無料もしくは安価で利用できるような授業材料などを探してきたりすることもしている。さまざまな情報を集めて、1週間に15分程度、教員にその情報を共有する時間を持つところもあるという。

(リクルート次世代教育研究院院長/東京学芸大学客員准教授)