(注目の教育時事を読む)第59回 幼児教育・保育の無償化

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藤川大祐千葉大学教育学部教授の視点

教育への財政投入増の端緒にせよ

◇理解できる経済的負担の軽減◆

今回は、本紙記事とは直接関係がないが、幼児教育・保育の無償化について取り上げたい。

幼児教育・保育の無償化は、前回の衆院選で安倍首相が公約に掲げていたもので、当初は2020年4月から全面実施の予定だったものが、消費増税に合わせて半年延期され、今年10月からとなった。3歳児から5歳児については保育料が原則無料となり、2歳児までは住民税非課税世帯が同様の対応となる。

無償化は、基本的には意義のある政策である。幼児段階からの教育の重要性が認識されているが、内閣府によれば4歳児の2.7%、5歳児の1.7%が幼稚園・保育園等に就園していない。

未就園の背景には保護者の経済的な問題があると考えられ、保護者の経済的負担を軽くするという方向性自体には意義があるといえる。

消費税増で保護者の負担が増すタイミングで、幼児教育・保育にかかる経済的負担を軽減しようという考え方も、一応理解できる。

◆小中教員を2人ずつ増やせる予算が◇

だが、今回の幼児教育・保育無償化の具体策には、首をかしげざるを得ない。

第一に、今回の策は、経済的に余裕がある保護者を手厚く支援する内容となっている。

もともと、経済的に苦しい保護者に対しては、保育料などに関する支援策が設けられている。これまでも保護者の所得に応じた補助策が存在しており、今回の策が導入されても経済的に苦しい保護者には大きな支援とならない。

第二に、喫緊の問題である待機児童対策を進めるものではなく、むしろ悪影響を生じさせる恐れがある。

幼児教育・保育無償化は、保育園などの待機児童対策がある程度進んだ段階でなされるものという期待があったが、今年4月の待機児童数は前年と同水準であると報じられている。保育ニーズの増大に待機児童対策が追い付いていない状況は、変わっていない。

幼児教育・保育無償化は保育園の受け入れ人数を増やすものではないため、待機児童対策の推進には寄与しない。逆に、無償だから利用しやすいという誤った認識が広がってさらに保育ニーズが高くなり、待機児童を増やしてしまう可能性もある。

第三に、消費増税によって得られる貴重な財源の使途を硬直化させてしまう。消費税2%アップによって生じる新たな財源は約5.6兆円と言われているが、軽減税率に伴って約1兆円の減収が見込まれることから増収は約4.6兆円と予測される。

幼児教育・保育無償化は2019年度約3900億円、2020年度はその2倍の約7800億円が必要となるので、増収分の2割近くを使うことになる。全国の小中学校の教員を2人ずつ増やせるくらいの予算が、幼児教育・保育無償化で使われる。

さらに言えば、今回は10月から無償化がなされることとなったため、年度当初に集めた入園料を半額返還するのかといった細かい問題が生じており、現場や役所の事務負担の増大や、お金の受け渡しに関する混乱も予想されている。

◇なぜ実効性が期待できない策が通るのか◆

このような策が通ってしまう日本政府の在り方には、危機感を覚える。

かつて高水準にあると考えられてきた日本の教育システムは、今や家計や本人による高負担と、教職員の献身的な労働によって辛うじて維持される状況となっている。

本来、子供たちが学ぶ場として最も進んだ環境であるはずの学校は、今や情報機器が使えずエアコンさえないところもあるという、地域で最も遅れた環境となりつつある。

小学校に英語やプログラミング教育が導入されているが、そのために投入される予算はわずかであり、専門的に学んだ経験のない小学校教員の負担を増やすばかりになっている。

このような状況の中で、なぜ数千億円もの財源を、実効性が期待できない形で投入するという策が通ってしまうのであろうか。

とはいえ、幼児教育・保育の無償化は決まってしまった。高等教育の一部無償化も進められる。

幼児教育・保育から高等教育に至るまで、家計や本人の負担を小さくし、経済的理由で教育・保育が十分に受けられない人をなくしていく方向に、かじは切られた。

国会議員や政府関係者には、これで終わりだと考えないでいただきたい。日本ではこれまで、本来国全体で負担すべき教育・保育のコストを、家計や本人、教職員の負担に委ねてきたのである。今回の幼児教育・保育の無償化を、教育・保育のコスト負担を適正化する第一歩としなければならない。

明治維新から高度経済成長に至るまで、日本の国力は高い教育水準に支えられてきた。

これからは、グローバル化や高度情報化が進む社会にふさわしい高度な教育を再構築しなければ、国力は衰える一方である。教育・保育に大胆な投資をして社会の在り方を変え、将来の社会を支えられる人材を輩出できるようにすることが急務だ。

どうすれば今回の無償化をこうした方向につなげられるだろうか。