失敗の研究 成功している組織を学ぶ

国立教育政策研究所総括研究官 千々布 敏弥

山本七平著『日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条』(角川グループパブリッシング)では、日本が先の大戦で敗れた原因の第一として「精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに」と書かれている。それと同じことが今日の学校現場でも見られる。

私は秋田県、福井県との交流を元に『若手教師がぐんぐん育つ学力上位県のひみつ』(教育開発研究所)を2017年に出版した。以来、各県の学力向上を意図する教育委員会関係者の問い合わせを受けている。

交流の体験を積むほどに、学力向上のポイントは何かが分かってきたのだが(その成果を『学力がぐんぐん上がる急上昇県のひみつ』として近々刊行する予定である)、同時に学力向上を意図しても上昇しない組織の特性も見えてきた。それが、山本七平氏が指摘した「敗因」と結構重なるのである。

学力向上の発案がトップダウンで行われ(首長や教育長など)、「とにかく学力を向上させよ」との指令のみが組織を駆け巡り、安易に想定される施策が強引に実施されている自治体が多い。学力を向上させるために何を変えないといけないか、という問題意識よりも「○○さんが学力を向上させよと言っている」ことにどう対処すべきか、という近視眼的発想で組織が数カ月試行錯誤を続ける。

首長が学力向上を言い出した→教育長が部下に学力向上策を命じた→部下は教育長にどうしたらいいかを相談するが、「適当に考えろ」との指令→当惑した部下が私の所に相談に来る、という文脈が1件だけではない。

今日では、秋田や福井だけでなく、両県に学んで学力を急上昇させている県や市町村が多数存在している。それらの自治体を訪問してどういうことをやったか聞けばいいのに、そうしないで内部だけで議論している。敗因21ヵ条の一つ「日本の非合理性」「日本の学問は実用化せず」と同じ現象が今日の一部の教育委員会組織で生じている。

現状の確認も不十分なままに司令部の中だけで議論し、兵の実力をはるかに超えた作戦を武器や兵たんが不十分なままに強行する。それがいかに凄惨(せいさん)な状況を生み出したか、日本は散々学んだはずなのに(実は学んでいないのだろう)、それと同じように精神論で「がんばればやれるはず」と息巻き、指導主事を叱咤(しった)している。

教育委員会組織において指導主事の従順性は一つの強みであるが(そのような人材ばかりが配置される人事となっている)、校長と教員はそうでない。敗因21ヵ条の一つ「将兵の資質低下」というほどではないが、校長も教員も精鋭だけではない。それを自覚した戦略が不足している。

組織の意思決定権者やそれに影響力を行使できるステイクホルダー(首長や議員)は従順な相手に無理難題を押しつけ、あとは実行部隊の責任と考えている。過去には同じやり方である程度の成果を示すことができていたのだが(それは指導主事たちの必死の努力の成果である。とは言っても、右にあった問題を左に移しただけだから本質は何も変わっていないのだが)、最近はそう済まないことが増えている。要求の水準が高まっている故のようだ。

怒りにまかせてネガティブな側面ばかり書いたが、そうでない、合理的な組織は多数存在している。組織の目的を達成しようと考えた際にやるべき戦略を考え、それを順当に実施したら、沖縄や大分や高知のように学力は急上昇する。学校単位で学力を上げることはもっと容易だ。

成功している組織は「戦いが不利になるとさっぱり威力がなくなる大和魂」や「反省力なき事」「一人よがりで同情心が無い事」「組織間の不協力」などを打ち破っている。それに学べばいいのだ。