ややこしい授業時数 よく影響を考えよう

教育新聞特任解説委員 妹尾 昌俊

授業時数をめぐるドタバタ

先月29日に文科省が「平成30年度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査の結果及び平成31年度以降の教育課程の編成・実施について」という通知を出した。これがしばらく物議を醸した。

「苦労して2019年度の教育課程を作ったのに、新年度早々に見直せと言われたって」

「だいたい小学校の英語など、文科省が授業時数を増やしておいて、今度は手のひらを返したように、時数を取り過ぎるなと言うのか」

学校現場では、こんな反応も多かったのではないか。

しかも、翌日付の読売新聞の記事が混乱を広げたかもしれない。「小学校5年については、年間1085コマ(1コマ45分、週31コマ)を初めて上限の目安とし、他学年も超過分を105コマ(週3コマ)以内に抑えるよう促す」と報じた。

文科省の担当者がそう言ったのか言わなかったのか、真偽のほどを私は知らないが、この記事は誤解らしい。

文科省は、「本通知に関する補足説明」というタイトルで、「既に編成された平成31年度の年間授業計画について直ちに修正を求める趣旨ではありません」「1086単位時間は教育課程編成における上限を意味するものではありません。(中略)教師の負担増加に直結する例示として,学校における働き方改革答申を踏まえ,通知においても引用したもの」という説明をWEB上でもアップしている。

ほぼ同時期に、明石市のある中学校が標準時数を160時間以上下回っていたのに、教育委員会や報道機関に虚偽報告していたことも発覚した(朝日新聞、4月11日)。

超過時数の影響を考える

何かとややこしそうな時数の定め。要するに、通知の趣旨としては次の2点が特に重要かと思う。

▽標準時数を大幅に上回る計画は、教師にとって(そして児童生徒にとっても)負担になるので、そこはよく考えてくださいね。必要なら、年度途中でも見直しをかけることも考えられますね▽インフルエンザや災害のために標準時数を下回っても、そのことのみをもって、学校教育法施行規則違反とはなりませんよ――ということを確認したまでの内容だ。

2点とも、この通知が出る前から文科省が言ってきたことだが、「何があっても標準時数は下回ってはならない」と解釈し、「指導」していた教育委員会などもあったようだし、事実、2018年度は小5で1086単位時間以上の年間総授業時数を計画している学校が25.7%もあることなどが判明したので、上記の点を再確認したのだろう。

1086単位以上というと、標準の995と比べて、100単位近い増だ。これだと、財務省にも「英語専科を増やさなくても、今の体制でもたくさんの授業をこなせているじゃないですか」と言われてしまう。これに類する発言を以前、財務省幹部がしている(財政制度分科会、平成29年10月31日議事録)。

また、一部の地域、学校では、学力の向上や定着などを狙って、標準時数よりも大幅に時間増となっている。確認できていない推測だが、全国学力・学習状況調査の下位地域に、この発想は強いのかもしれない。対策しているというポーズにもなる。

教育界には、どうも「時間を増やせば、効果も高まる」という信仰が根強いようだ。あるいは、「効果がありそうだから、取りあえず、時間を増やそう」という発想である。これは生産性度外視の根性論に非常に近い。部活動の過熱化の構造も同じだ。

いま、学校にも教育委員会などにも必要なのは、多面的な思考ではないか。標準時数を守ることを最重要課題のように捉えたり、授業を増やして学力アップと考えたりするのではなく、授業増が子供たちに、教師に、あるいは家庭や地域などにどんな影響があるのかを洗い出し、本当にいまのままでいいのか、見つめ直すことだ。

例えば、授業増は本当に学力アップに好影響なのか、標準よりもたくさんやらないと教科書が終わらないという説は本当なのか、土曜授業増で振替は取れているのかなど。

さまざまな負担が学校に増えて大変なのはよくわかるが、授業時数ひとつとっても、受け身ではなく、もう少し主体的に考えたい。

(教育研究家、学校業務改善アドバイザー)