採用倍率低下 本当に問題か?

教育新聞特任解説委員 妹尾 昌俊

3倍を切ると危険水域?

小学校の採用試験倍率の低下について、危惧する報道や有識者のコメントが多い。

例えば、毎日新聞は「3倍を切ると質の維持が難しくなると言われ、『危険水域』に近づいている。団塊世代の教員の大量退職に伴う採用が増えている一方、学校の多忙などで志望者が減っていることが背景にあるとみられる」と述べている(2019年5月10日)。

同日、内田樹教授(神戸女学院大学)は文科省が管理強化の上、学校に負担を増やしたと批判し「こんなことをずっと続けていたら、いずれ教師になりたがる若者がいなくなり、学校に行きたがる子どもがいなくなり、学校が知的活動の場ではなくなるのではないか?」と書いている(自身のブログとBLOGOS)。

文科省が4月に公表した「平成30年度公立学校教員採用選考試験の実施状況について」は29年度実施の集計結果だから一昨年のものであり、やや古い。

昨年実施した結果は、本紙(2018年11月12日)が集計しているが、さらに採用倍率(総受験者数÷最終合格者数)が下がっている自治体も多い。小学校については、新潟県、北海道は1.2倍、福岡県1.3倍、東京都でも1.8倍など、2倍に満たないところもあるし、中学校でも3倍を切っているところもある。

しかし、いくつか疑問も湧く。「3倍を切ると危険」という説は、ざっと調べたかぎりではどうも採用担当者の経験則のようだが、何かそれなりの根拠なり、調査検証したエビデンスはあるのだろうか(あればご教示いただきたい)。

もちろん、感覚的にはわかりやすい話ではある。かつては10人に1人とか5人に1人選べていたのに、いまは3人に1人は(あるいは、新潟県や北海道だと5人中4人は!)選ばないといけないとしたら「えり好み」はできなくなりそうだ。

教員養成の3分の2は失敗しているのか?

だが、教員採用試験の受験者はみな、教職免許状を保有している(または見込みのある)人たちである。免許制にしているということは、「この人は大丈夫ですよ」という教職の専門性に一定のお墨付きを与えているという推定が働くはずだ。

「3倍を切ると危険」という説が本当だとしたら、免許状のうち、3人に2人くらいは、かなり怪しいということになるのだろうか。だったら、そもそも教員養成が3分の1くらいしか成功していないということなのか。

仮にそうだとしたら、文科省がやるべきは、教員採用の合格者倍率などの高い大学に交付金・補助金などを与えることではなく、卒業を厳格にしてしっかり養成しているところに支援するべきだと思うのだが、そういう話は、おそらく中教審などでも検討されていない(そもそも中教審委員の多くがこのテーマでは利害関係者だから、ちゃんと審議できないのかもしれない)。

他業界では、医師免許を持っている人について、3人に1人、2人と振るいに落とすということはなされていない。例えば、東大病院に勤めたいからといって、東大病院に採用してもらえるとは限らないが、医師としてはやっていける。

「本当は1.0倍でもいいのですが、たまたまたくさん採用希望者が来るので、選考しているだけです」と正面切って言う教育委員会はたぶん皆無だろう。

本当にそうなら、いまのように多大な手間と税金(人件費を含めて)を採用にかけるのは、おかしいということになる。「免許状は最低限大丈夫という意味であり、教師として適性があるかを採用選考で見ているのです」ということだろうか。

だとすると、やはり養成段階では大学4年間もあるのに不十分なのはどうしてかという検証が必要だし、適性が不十分とみなされた不採用者の一部を講師として採用し、初任者研修もないまま授業や学級経営を任せている事態も大問題だということにもなろう。

「養成にも採用にも、完璧なんて世界はどこにもない」ということもわかる。だが、倍率が下がって「大変だ」と騒ぐだけではダメだ。どこに真の問題があるのか、少し冷静になって考えて、真に必要なところに対処することが必要だと思う。

ついでに申し上げると、仮に採用の際に質が下がったとしても、採用後にしっかり育成されるならば、問題は小さい。だが、学校現場では、教頭職や主任層の超多忙化などを背景に、育成が脆弱(ぜいじゃく)になっているところも多い。

採用と育成が共に低下するダブルパンチで現場は苦しくなるということが大問題である、と私は見ている。

(教育研究家、学校業務改善アドバイザー)

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