(新しい潮流にチャレンジ)20年前OECDは教育をどう考えていたか

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教育創造研究センター所長 髙階玲治

学校教育の革新性のなさへの警鐘

低迷する学校教育の課題

何よりも最初に図を見てほしい。知識創造に関する工学、医療、教育の各セクターにおいて、教育は、「低い」「弱い」のオンパレードである。それに比べて工学は、「強い」「高い」が並んでいる。医療は両者の中間であろうか。

なぜ教育はこうも低く弱いのか。これは何を意味しているのか。

この図は、OECD教育研究センターの編著による図書に描かれているものである(『知識の創造・普及・活用~学習社会のナレッジ・マネジメント』明石書店、2012)。

監訳者の立田慶裕によれば、翻訳などに10年費やしたということで、ほぼ20年前のOECDの考え方を示していると考えてよいであろう。ただし、わが国のみでなく、国際的な判断である。

最近のわが国の教育傾向をみると、Society5.0に向けた教育の動きとして、パソコンやタブレットなどデジタル機器やデジタル教科書を活用した学校の実践がみられると報道されている。しかし、多くの学校の現状をみると、今なお黒板とチョークが主流でデジタル活用の機運が見えない。

そんな現状をみると、私はこの図を思い出してしまうのである。最初に読んだときの衝撃が極めて大きかったからである。それが今なお続いている。なお、この場合の工学は高度のテクノロジーに焦点を置き、医学は薬学を除き、教育は主に学校を中心としているとされる。

当時のOECDの基調はナレッジ・マネジメントとして教育を考えている。ナレッジ・マネジメントとはわが国の経営学者である野中郁次郎が考案した言葉で、外国でよく使われているという。その意味は、知識を創造し、共有し、活用するマネジメントである。

何が学校教育の改善に必要なのか

OECDの当初からの研究視点は、学校で学ぶ知識が経済活動にどう有効に活用されるかである。その視点で学校教育をみると多くの点で課題がある。学校教育は知識基盤社会の構築に寄与するのが重要であるが、立田監訳者が次のように述べているのが首肯できる。

「医療の世界では、昔は実技がものをいう職人の世界だといわれてきた。しかし近年、ナレッジ・マネジメントが導入され、科学的根拠(エビデンス)に基づく学問と治療が重視されている。これに対して、教育の世界は科学的根拠に基づく教育というよりも、いまだに教師自身の実践的な経験がものをいう世界だとされる。教育における革新(イノベーション)が必要とされる理由がそこにある」

教育研究においても多様な課題の指摘がある。例えば、①教育研究が実践者に対して分かりやすく魅力的なものになっていない②研究は実践からかなり遊離していて教師の疑問に答えていない③研究のアイデアは教師にとって利用しやすいものでなかった④教育システムは扱いにくいものであった――などである。

さらに教育改革が困難なのは、教師が明白な科学的知識の基礎を欠いていて、個人的な経験に大きく依存する傾向があるからだという。

だが、大きな課題はこのような教育状況をどう克服し改革するかである。その方策をOECDはいくつか挙げている。基本はナレッジ・マネジメントであるが、この言葉を「知識創造」と言い換えたい。なお、最近、OECDは「価値創造」の表現を使い始めているが、その発展と受け止めたい。

そこで改革視点であるが次のようなことである。

①知識創造は産業分野では認識されてきたが、教育セクターでは十分ではない。教師はどうすれば知識をマネージするか理解できていない

②教師は個人的に仕事を設計する職人であって、その役割を広げる

③他と協働できるように知識創造のネットワークを広げたい

④知識創造を効果的にするためにICTを活用する

⑤よりよい教育研究の支援を目指す研究者と実践家の新たな役割と関係をつくる

⑥知識創造の重要性が教育に反映できるように支援する。実践家のための専門的な開発を行う

⑦蓄えられる知識が活用できるように市民社会資本との統合が行われる

⑧知識創造の教育を支援するための、国、地域レベルのシステムを充実する

OECD教育研究改革センターの提言からほぼ20年、学校教育は何が変わり、何が停滞したままか、現在の状況を改めて考えてみるべきではないか。