理数軽視と研究開発力の弱体化 人的資本投資が必要

教育新聞論説委員 細谷 美明

先日、勤務する教職大学院のカリキュラム開発論の授業の関係で、1998年改訂の学習指導要領下における教育、いわゆる「ゆとり教育」に関連するいくつかの論文を調べていたところ、77年改訂の学習指導要領までさかのぼり、それぞれの学習指導要領下で教育を受けた世代と、特許出願数および特許更新数の変化との関係を研究した神戸大学の西村和雄特命教授の論文を見る機会があった。

この論文は、「学習指導要領の変遷と失われた日本の研究開発力」(2017年3月)で、他2人の大学教授との共同研究である。研究対象となる研究開発者の年代を学習指導要領が実施された年で分け、高校時代における理数系科目の学習状況と技術者になってからの特許出願数・特許更新数の関係を調査・分析したものだ。

調査結果によれば、80年以降に中学校に入学し、当時の教育課程の下で教育を受けた47歳以降の年代と、それよりも上の年代との間で特許出願数・申請数に大きな違いがあるという。

また、学習指導要領改訂のたびに、その年代の前後で特許出願数・申請数が変化していることが示された。

つまり、学習指導要領の改訂による理数系の授業時間数の減少が、特許出願数・申請数に大きく影響を与えているというのだ。

ちなみに、中学校における数学と理科の年間授業時数(3学年合計)を見ると、過去最大だった69年改訂では数学が420時間、理科も420時間であったものが、次の77年改訂ではそれぞれ385時間、350時間となり、98年改訂では315時間、295時間となっている。

一方、経産省は15年に学生の文理志向の変化について調査(注)しているが、理系進学者について言えば、小学校で3割以上、中学校で半数以上が、高校前半では7割弱、受験時には7割以上となっており、小中学時に大きく志向が固まる傾向にある。逆に、文系進学者に理系選択の可能性があるとすればどのような条件が必要かを聞くと、「数学や理科が不得意でなかったら」と答える割合が高い。

また、西村氏の調査によれば、研究開発者に「研究開発者になろうと考えたきっかけ」を聞いたところ、「理科・科学の実験」(34.8%)、「読書」(31.4%)、「受けた授業の内容」(29.1%)、「教師とのコミュニケーション」(23.1%)が上位を占めた。初等中等教育段階における教師の存在がいかに大きいかを示す数値だ。

理数教科の時間数を増やせば、理数系の学力が向上することは予想できるが、問題はマンパワーである。

文科省の13年度「学校基本調査」によれば、全学生数に占める理・工・農学分野の学部学生の割合は、99年の63.6%をピークに、13年度には55.4%に減少している。また、「小学校理科教育実態調査」によれば、大学で教育(理科選修)系および理学、工学、農学など自然科学系を専攻した小学校教員の割合は13%であり、小学校教員のうち「理科が苦手」と答えた者は実に50%もいる。

こうした現状に対し文科省は、15年より「理工系人材育成戦略」と題し、理工系人材を育成するプロジェクト「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」を開始した。教員だけでなく研究・産業各部門における人材育成の取り組みだ。ただし、この戦略にも「教員の定数改善」の言葉は出てこない。「画竜点睛を欠く」ではないか。

確かに、わが国の研究開発力を復活させるには、初等教育段階から理科に興味を持たせ、中等教育で十分な時間を掛け専門分野への探究力を身に付けさせること、そのための国を挙げての人的資本投資が必要である。

ただし、それは経済発展という目標だけでなく「豊かな国・日本」という理想に対する投資でなくてはならない。

(注)文科省「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」第6回会議(16年1月)で経産省から提供された