新任教諭自殺へ賠償 問われる校長の責任

教育新聞特任解説委員 妹尾 昌俊

新任教諭の自殺

福井県若狭町立中学校の新任教諭だった嶋田友生(ともお)さん(当時27歳)が自殺したのは、校長が過重な勤務を軽減するなどの措置を取らなかったためだとして、福井地裁は7月10日、県と町に約6530万円の支払いを命じた。

嶋田さんは講師経験があったとはいえ、講師時の中学校と当時の勤務校との授業スタイルや指導方法の違いに悩んでいた様子だったという。念願の正規職員に採用されてから約半年後の2014年10月、所有する自動車内で練炭自殺した。

嶋田さんは中学時代から日記を欠かさず付けていた。この年の5月13日には「今、欲しいものはと問われれば、睡眠時間」「地獄だ。いつになったらこの生活も終わるのだろう」とつづられており、この時点で相当追い詰められていたことがうかがえる。

県と町は控訴しない方針であるため、裁判は終結する見通しだ。だが、嶋田さんは帰ってこない。「教訓」などと呼ぶには、あまりにも重い死であるが、私たちに投げかけているものを考えてみたい。

教委と校長には安全配慮義務がある

本訴訟では、改めて、教育委員会と校長の安全配慮義務違反を認めた。

自殺は、自己責任(同居していた場合などは家族の責任を含めて)を問う風潮が、いまも世論の一部にはあるが、最高裁が社員の自殺の事案で使用者側の安全配慮義務違反を初めて認めたのは、電通社員の事件がきっかけだ。高橋まつりさんのことではない。その24年前の1991年8月に当時2年目の大嶋一郎さんが自死したことである(最二小判平12・3・24)。

この判例では、以下の通り述べている。

使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

つまり、使用者ならびに監督権限を有する者は、心理的負荷も含めて、労働者の健康を損なうことがないようにしなければならない。これが安全配慮義務である。

この安全配慮義務が公務員や教員にも適用されることは、別の最高裁判例でも確認されている(後述する京都市事件など)。今回の福井地裁の判決は、従前の判例に依拠した判断ともいえる。

改めて、校長には教職員の健康を守る、重い責任があることを認識していただきたい。

時間外勤務は自主的、自発的なものか

問題はこの後である。

最高裁判例をひもとくと、京都市立の小学校または中学校の教諭が訴えた事案(京都市事件)がある。この件では、研究発表校になったことなどから発生した授業準備や新規採用者への支援・指導、テストの採点、部活動指導等の過重な時間外勤務が、安全配慮義務違反に当たるかどうかが問題視された。最高裁の見解を以下に要約する(最三小判平23・7・12)。

校長は「個別の事柄について具体的な指示をしたこともなかった」のであり、「明示的に時間外勤務を命じてはいないことは明らかで」、「また、黙示的に時間外勤務を命じたと認めることもでき」ない。「強制によらずに各自が職務の性質や状況に応じて自主的に上記事務等に従事していたもの」と考えられる。

嶋田教諭の件でも、時間外勤務は自発的にやっていただけ、という判決が下る可能性もあったが、福井地裁はそう判断しなかった。判決はパソコンの記録などから、時間外に月約120時間以上在校し、授業準備や部活動指導、研修準備、問題のある生徒の保護者対応などをしていたと認定。「事実上、校長の指揮監督下で強い心理的負荷の伴う業務に極めて長時間従事しており、過重であることは明らか」とした(朝日新聞7月10日)。

校長が「先生方が残業なさっているのは、自発的なものであり、私は指揮監督していませんよ」と言い逃れするのは、どう考えても、おかしな話だ(それが真なら、校長なんて要らないという話になりかねない)。給特法上の大問題は残っているとはいえ、福井地裁は常識的な見地に立った判断をしたと思う。

(教育研究家、学校業務改善アドバイザー)